レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

日御子(下)


古代日本において約200年という時間軸の中で、使譯(しえき)つまり通訳を生業としてきた"あずみ一族"の物語を描いた作品です。

何と言っても本書のクライマックスはタイトルにある通り日御子、つまり邪馬台国の女王・卑弥呼の時代です。

魏志倭人伝では卑弥呼は鬼道を用いて民衆を惑わせたという記述がありますが、彼女が巫女のような役割を果たし国々を平和に治めたという学説もあり、ともかく古代日本における偉大な統治者として本作品では登場します。

彼女に仕える巫女頭として登場するのが"あずみ一族"の女性・炎女(えんめ)であり、彼女が受け継いだ知識や経験を余すことなく日御子へ伝え、彼女を影で支える重要な補佐役として登場します。

当時の日本人は文字を持ちませんでしたが、漢語を読み書きできる"あずみ一族"は代々の先祖が書き遺してきた木簡が記録として伝わっており、炎女をはじめとした子孫たちがその教えを忠実に守り、より良い時代が到来するために努力します。

つまり本作品における日御子こそが"あずみ一族"が念願とした平和の象徴でもあるのです。

中国では後漢が倒れ群雄割拠の時代を経て三国時代に突入していましたが、そんな混乱した時代を縫うようにして日御子は朝貢を行うことを決意します。

海路、そして陸路を半年間かけてたどり着いた洛陽は、邪馬台国とは比べ物にならないほど発達した大都市でした。

そこには倭国では作り出せない馬車、そしてがありふれていましたが、同時に長きに渡り多くの命が犠牲となる戦乱が続く大国でもあったのです。

もちろん経済や技術の発達が人びとの暮らしを楽にする一方で、より大きな争いと犠牲を生み出す原因にもなりうることは現在でも変わりません。

本書は古代の小国と大国の交流を通して真の平和とは何かを考えさせる作品でもあるのです。


もし"あずみ一族"のような使譯を果たした一族が古代に存在し、彼らの残した記録が発掘されるようなことがあれば古代日本の謎は相当程度に解明するはずです。

一方でその明らかにならない謎こそが古代日本の魅力であり、本作品のようなロマン溢れる歴史小説を楽しめる要素なのかも知れません。