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天に星 地に花 (上)



本書は「天に星 地に花」という壮大なタイトルが付けられてる歴史小説ですが、いわゆる日本史における有名な人物を主人公とした作品ではありません。

久留米藩にある井上村の大庄屋の次男として生まれた庄十郎(のちに医師となり高松凌水と名乗る)の視点から見た当時の農民たちの暮らしや、彼らが藩の重税に反対し一揆を起こす様子などを描いた作品です。

著者の帚木蓬生氏は福岡県小郡市(旧久留米藩領)の出身ですが、かつて久留米有馬藩において5人の庄屋が私財を投じて大石堰(おおいしせき)を完成させるまでの過程を描いた「水神」の続編ともいえる作品であり、作者の強い郷土愛を感じます。

大庄屋といえば実質的に村を統治する庄屋たちをさらに束ねる立場であり、その身分は農民であるものの武士に準ずる格式を持っていました。

そのため暮らしは比較的裕福ではあったものの、彼らの生活も農民たちの生活に溶け込んだものでした。

そして庄十郎も例外ではなく、幼い頃より農民たちの暮らしを間近に見て、時には農作業を手伝うことでその暮らしの大変さを体感して育ちます。

もちろん大変なことばかりではなく、豊作となったときの収穫の喜びや村人が一丸となって執り行う雨乞祭の熱狂なども体験してゆきます。

前作と同様にこうした農民たちの平和な暮らしが描かれる一方で、藩が放漫財政によって乏しくなった財源を補うための重税に反対して立ち上がる農民たちの姿も描かれています。

手に鎌や鍬を持ち寺の境内に集まり気勢を上げている百姓たちを眼の前に、大庄屋である父はこう言います。
「甚八に庄十、この有様をようく目に焼き付けておけ。これが百姓の力ぞ。百姓が集まれば、山も動かすし、筑後川だって堰き止められる」

かつて大石堰によって筑後川の水を引き入れて用水路を建設し、水不足に悩まされていた広大な台地を水田に変えたのも百姓たちの力であり、決して誇張した表現ではなかったのです。

やがて村で流行した天然痘(疱瘡)により母を亡くし、自身も死線をさまよった庄十郎は次男という立場もあり、医療への道を志すようになります。

そしてわずか14歳で生まれ故郷を後にした庄十郎は、新しい医師という道を歩むようになるのです。

ちなみに医者となり高松凌水と名乗った庄十郎の子孫が幕末・明治と活躍した医師・高松凌雲であり、本ブログでも紹介した「夜明けの雷鳴」の主人公として扱われてます。