水神(上)
このブログではお馴染みになりつつある帚木蓬生氏の歴史小説です。
舞台は筑後にある久留米藩。
その領内にある江南原には水量豊かな筑後川が目の前を流れていますが、台地であるため水の恵みを得ることができない地形でした。
そのため常に水不足に悩み続け、そこに暮らす農民たちの暮らしは長年に渡り苦しく貧しいものでした。
そこで農民たちの苦しみを救うべく5人の庄屋が立ち上がり、筑後川に堰を設けて水道を建設する決意を固めます。
5人の庄屋(山下助左衛門、今重富平左衛門、猪山作之丞、栗林欠兵衛、本松平右衛門)たちは、この大事業を自費で受け持つことを決意し、さらに事業失敗の際には死罪をも覚悟した血判を藩へ差し出して懇願するのです。
ストーリー自体は5人の庄屋が水路を建設する決意を固め、それを実現するまでを描いた単純なものです。
にも関わらず、本作は上下巻の2冊に渡る長編小説として書かれています。
そこには著者が当時の農民たちの暮らしを詳細に描写し、読者へ伝えようとする強い意志を感じます。
物語は筑後川で朝から晩まで筑後川に大きな桶を投げ込み、水を細い溝へ流し続ける"打桶(うちおけ)"と呼ばれる仕事に従事する農民"元助"が登場するところから始まり、作品自体もこの元助の目線を中心に進められてゆきます。
元助の父親は島原の乱を鎮圧するために足軽として出兵し、鉄砲で負傷して帰らぬ人となります。
父の顔さえ知らずに育った元助は片足が不自由であり、"打桶"に一生を費やすことを宿命付けられた農民でした。
"打桶"によって多少の水が田畑へ流れますが、水不足を解消するにはあまりにも僅かな量であり、村人たちの暮らしにとっては取るに足らないものです。
日本各地に水不足を解消するための水道の建設例がありますが、著者の出身地が福岡県であることから、久留米藩を舞台にした本作は郷土の歴史を扱った作品ということになります。
描かれる四季の風景や、登場人物の方言には著者の郷土への愛着が感じられ、大作を描くといった気概が読者にも伝わり、ついつい物語の世界へ引き込まれてしまうような迫力があります。