レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

水神(下)

水神(下) (新潮文庫)

前回紹介したように、本作品作品は筑後・江南原の5人の庄屋が自費を使って水道を建設するまでを描いた歴史小説です。

大筋のストーリーは単純であるにも関わらず、上下巻にも及ぶ長編小説の形をとっています。

水路を建設するまでの経過を詳細に追っていったことも長編になった要因の1つに挙げられますが、何よりも作品全般に渡って当時の農民たちの暮らしを描くことに紙面を割いたことが大きな理由です。

江戸時代の年貢は"五公五民"と言われたように、一般的には収穫の半分を税として納めるのが一般的でした。

それでも土地が豊かであれば暮らしに困窮することはありませんでしたが、ひとたび干ばつ洪水に襲われると、農民たちの暮らしは一気に過酷なものとなりました。

減税のための嘆願は必ずしも聞き入れられるものではなく、小説の舞台となった慢性的に水不足に悩まされている地域では、農民たちが常に過酷な生活を強いられてきました。

まず白米を口にする機会はなく、粟や稗といった穀物が中心の食事が普通であり、いったん飢饉が訪れれば野草はもちろん、木の皮ですら食料になりました。

さらに口減らしのために老人や子どもが犠牲になるのも土地の痩せた地域では珍しいことではありませんでした。

農民たちは決して牛馬のように言葉を発しない存在ではなく、自然と寄り添うようにして知恵を振り絞って日々の暮らしを続けていました。

打桶に従事する庄屋の下男"元助"の視点を中心に描かれた農民たちの暮らしは、貧しくも生命力を感じさせるものであり、本当の主人公が彼ら農民たちであるのは明らかです。

まるで民俗資料を小説化したかのような本作品を農民小説と名付けてもよいかもしれません。