レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

武士の家計簿

武士の家計簿 ―「加賀藩御算用者」の幕末維新 (新潮新書)

日本の歴史や古文書の専門家である磯田道史氏が、ある日偶然に古書店から入手した"武士の家計簿"をきっかけに、その内容を解析・研究して執筆した本です。

家計簿を残したのは、金沢藩の「御算用者(ごさんようもの)」を長年勤めた猪山家です。

現在の会社であれば、"経理部"といった職務ですが、猪山家自体は下級武士の階級であり、歴史的にも殆ど無名といってよい存在でした。

しかし発見された家計簿には、饅頭1つに至るまでの詳細な帳面が36年間にも渡って記録されていたといい、手紙などの書面も一緒に保存されていました。

私たちが見ても数字が羅列されているだけの無意味な古文書にしか見えませんが、地道な調査によって内容を明らかにすることで、ある武士の一家の歴史を雄弁に語ってくれるという、まったく新しい視点で書かれています。

本書の要所には図表を使った解説が入れられおり、たとえば現在の通貨と照らし合わせた価値などが一般読者にも分かり易く書かれている点は評価できます。

日常の暮らし、結婚や出産、そして葬式といった一家に欠かすことの出来ないイベントから、藩内における出世、明治維新による幕府体制の解体といった大きな出来事が、武士の一家にどのような影響を与えたのかがノンフィクションで書かれいるといってもよいでしょう。

支配階級である武士によって運営されていた日本の諸藩は慢性的な財政赤字に苦しんでおり、当然のように藩に仕える下級武士の暮らしは決して裕福なものではありませんでした。

それでもエンゲル係数はけっして高くはなく、儀礼や行事に多くの出費が費やされていた現状が明るみになります。

武士にとって血縁の繋がりは現在よりも遥かに濃いものであり、そののために生じる"義理"は、たとえ借財してでも欠かすことが出来なかったようです。

また明治時代が到来し、文明開化の中で旧支配者階級となった"武士"たちが、新しい時代への適用に苦戦する姿までもが分かってきます。

それでも猪山家は会計といった新しい時代でも必要とされる"技能"を持っていた幸運な家系であり、家族が路頭に迷うことなく時代を乗り切ることに成功します。

2010年には映画化され話題になった作品ですが、歴史小説とは一味違う楽しみを与えてくれる1冊です。