エベレストの空
著者の上田優紀氏はプロのカメラマンとしても活動しています。
趣味で登山はするものの、自分がエベレストつまり世界の最高潮を登頂するなど考えたこともなかったといいます。
しかしふとしたきっかけでエベレストの頂に立ち、そこからの景色を写真で「撮る」ということが目標となります。
本書は著者がエベレストの登頂を目指してからどのようなトレーニングや準備をし、さらには資金集めに奔走したかを含めてエベレスト登頂までの一部始終をドキュメンタリーとして収めた1冊です。
登山装備の発達、豊富な資金と手厚いサポートによるツアー登山が登場しエベレスト登頂に成功する人が増えていますが、毎年のように死亡者が出ていることも事実です。
しかも著者がエベレストに挑んだのはコロナが世界中で猛威を振るっていた2021年であり、一段と挑戦のハードルが高くなっていた時期でした。
高地順応がスムーズに行くように冬の富士山でトレーニングを続けたとありますが、生身の人間が順応できるのは6500メートルまでであり、7000メートル以上の標高では酸素ボンベなしでの行動は困難となり、8000メートルより先は「死のゾーン」と呼ばれ、空気中の酸素濃度は地上の3分の1となり、人間が生存できる環境ではないと言われます。
つまり真冬の富士の頂でトレーニングをしたとしても、エベレストの環境とは比べものにならないのです。
本書の優れた点は、まず著者がプロの登山家ではなく一般的な読者と大差のない立場からエベレスト登頂を目指した点であり、私たちが抱く初歩的な疑問を丁寧に解説してくれています。
つまり著者のエベレスト登頂に自分自身を重ねてしまうな追体験ができるのです。
次に何と言っても著者がプロのカメラマンである点で、本書には多くの写真が掲載されています。
高度8000メートルを超える登山では装備を1グラムでも減らして行動すべきですが、著者はそこに予備含めて2台のカメラ、そしてレンズを携帯してゆき、撮影の際には分厚い手袋を外さなければならないため凍傷の危険性があります。
それだけのリスクを犯して撮影した写真は、地球と宇宙の境目にある景色のようであり、山の美しさでも読者を楽しませてくれるのです。
それでも本書の主軸は撮影した写真の解説ではなく著者がエベレスト登頂を目指すストーリーそのものであり、優れたドキュメンタリー、紀行文であるのです。