真田三代 上
戦国時代を生きた真田幸隆・昌幸・幸村を中心とした真田一族を取り上げた火坂雅志氏による長編歴史小説です。
昌幸・幸村父子を取り上げた小説は数多くありますが、個人的に興味を持ったのは真田幸隆を最初の主人公として取り上げている点です。
幸隆は長男の信綱とともに武田二十四将に数えられる武将ですが、もともと真田家は信濃国東部の小県郡(ちいさがたぐん)を地盤とした豪族であり、甲斐を本拠地とする武田家譜代の家臣ではありませんでした。
つまり真田家は武田家に仕えながらも、独立心旺盛な気風がありました。
真田家は山間の弱小勢力でしたが、戦国時代は下剋上に代表される勢力の小さな者が大きな者に取って代わる時代でもありました。
しかし真田家の周辺を取り囲むのは武田・上杉・北条といった戦国時代を代表する大名たちであり、この状況下において自力だけで勢力を伸ばすのは難しいと判断して武田家の勢力下に入ったのです。
幸隆は武田信玄より10歳近く年上ですが、若い頃に合戦に負けてすべての所領を失った経験を持っています。
彼の人生は1つの城を奪うために数々の策謀を巡らし、わずかな土地を巡って命懸けの戦いを繰り広げる日々であり、まさに戦国武将そのものです。
結果として幸隆は武田家の家臣として活躍して旧領を取り戻し、さらに真田家の勢力を伸ばすことに成功します。
一方で武田家に仕える弱小勢力の悲しさで、武田家に忠誠の証しを示すために人質を差し出す必要がありました。
そしてその人質となり、同時に信玄の近習として仕えたのが幸隆の三男である昌幸です。
彼はいわば真田家の家督を継ぐ必要のない立場であったため人質として選ばれましたが、戦国時代は昨日の勝者が今日の敗者となる目まぐるしい時代でした。
信玄と幸隆が相次いで病死し、やがて信玄の後を継いだ勝頼が長篠の戦いに敗れ、その戦いで真田家の家督を継いだ長男の信綱、さらに次男の昌輝までもが戦死してしまいます。
思いがけず真田家の当主となった昌幸ですが、彼は戦国最強と謳われた武田家の滅亡を間近に見てきたこともあり、その生涯において武田・北条・織田・徳川・上杉・豊臣と目まぐるしく主君を変えることになります。
それゆえ昌幸は秀吉に表裏比興の者(油断のならない者)と評されるまでになりますが、決して優柔不断ないわゆる日和見な人物ではありませんでした。
その証拠に一次・二次上田合戦において遥かに数に勝る徳川軍を2度にわたり撃破し、底知れぬ智謀を持った武将としての確固たる評価を得ることになります。
真田家の地盤を築き上げた幸隆、その地盤を活かして戦国の荒波を泳いでゆく昌幸の生き様は小さき者の誇りと意地であり、それは昌幸の次男である幸村にも受け継がれてゆくことになります。