米朝ばなし
以前、噺家(はなしか)には誰でもなれるという話をを聞いたことがあります。
これは落語家になるために学歴や資格が必要なく、自分で漫才ネタを創作する才能がなくとも古典落語を身に付ければ高座に上がれてしまうからです。
一方で噺家の中には、"名人"と呼ばれる人たちが存在します。
ただしスポーツとは違い、芸能である落語において名人の条件を数値化して表すことは不可能です。
名人の条件を表す1つの例として、立川談志の「江戸の風」という言葉があります。
これを一言で表せば、落語を聴く者をまるで江戸時代にタイムスリップしたかのように感じさせる話芸だと言えます。
これは古典落語を完璧に暗記しただけでは、決して身に付きません。
噺家自身に落語の背景にある当時の人びとの暮らし、文化や風景といった知識や素養が無ければ、その空気を伝えることができないからです。
本書の副題には"上方落語地図"とあり、3代目桂米朝が落語の舞台となった関西の各所を解説している本です。
毎日新聞大阪版で昭和53~56年に連載された記事を文庫化したものですが、大阪を中心に、京都、奈良、兵庫など実に120箇所もの土地を古典落語の舞台と重ね合わせて紹介しています。
有名な話、中には誰もやらなくなった滅びた話、さげの意味が不明になってしまった話なども紹介されている一方で、当時の風景や、どういった人がそこを訪れたのかといった解説も付け加えられていて、まるで歴史学者や民俗学者のような博学ぶりに驚かされます。
一時期は衰退した上方落語ですが、そもそも落語は上方で生まれ江戸へ伝わった芸能です。
そのため江戸を舞台にした有名な話でも、上方から輸入した話が原型になっているパターンはよくあります。
大戦後滅びかけていた上方落語を継承し復興させ、古い文献や落語界の古老から聴き取り調査をして一度滅んだ話を数多く数復活させた功績から無形文化財(人間国宝)にまで認定された桂米朝ならではの1冊といえます。
上方落語の舞台となった名所巡りをする気分で毎日少しずつ読み進めて楽しむことをおすすめします。