レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

イヌイット



タイトルにあるイヌイットとは、シベリア極東部、アラスカ、カナダ北部、そしてグリーンランドの極北地で昔から狩猟・漁撈を生業にして暮らしてきた民族のことを指します。

角幡唯介氏の「極夜行」を読んでイヌイットの生活に興味を持ったため本書を手にとってみました。

著者の岸上伸啓氏は文化人類学者であり、40年近くにわたり現地でイヌイットの研究を続けているという経歴があります。

ちなみに日本ではイヌイットよりもエスキモーの呼称の方が有名ですが、侮蔑的な意味合いが含まれていることから使用を避けているようです。

本書では著者が研究のフィールドワークとしているカナダ北部、その中でも特にヌナヴィク準州にあるアクリヴィク村を中心にイヌイットを紹介しています。

かつてのイヌイットは定住地を持たず、獲物を求めて犬ぞりで移動を続ける狩猟民族でしたが、今はすべてのイヌイットが定住する生活を送っているようです。

また今でも犬ぞりを生活や狩猟の手段として使っているのはグリーンランドのイヌイットのみであり、本書に登場するカナダのイヌイットはスノーモービルを主な移動手段としています。

まず本書ではイヌイットが住む自然環境とその歴史を紹介しています。

ここでは昔より極地で狩猟や漁労を生業としてきたイヌイットが西洋人と出会い、そして資本主義経済システムに組み込まれるまでの流れが簡単に紹介されています。

続いて現代イヌイットの生活様式、文化、狩猟と漁撈の方式、彼らの人間関係などを詳しく解説しています。

イヌイットは伝統的な生肉や生魚中心の食文化、獲物から得た革から衣類などの製作を続けている一方で、日本と同じようにピザやハンバーガーなどのファーストフードなども普及しており、食生活の西洋化とともに生活習慣病が問題になっているようです。

また今ではイヌイットの中に専業のハンターは殆どいなくなり、大半が賃金労働に従事してるため副業ハンターが一般的になっています。

さらに社会的な特徴として親族同士の結びつきが強く、獲得した食料を村人間で分配する習慣が今でも残っています。

一方で養子という制度が昔から頻繁であり、1986年に著者が行った調査では人口の15%が養子であり、その割当は今でもそれほど変わらないという部分は驚きでした。

いずれにしても厳しい自然の極北の地で生き抜く知恵が社会の中に残っているのが印象的です。

教育や医療が普及し、近代化した生活を送るイヌイットたちの中には生まれ育った村を出て、都市で暮らすことを選択したイヌイットたちも多くいるようです。

そこでは高収入を得るイヌイットがいる一方で、無職者となりホームレスとなるイヌイットも増えつつあり深刻な問題となっています。

最後に書かれているのはイヌイットが暮らす極北地域の深刻な環境問題が紹介されています。

気候変動(地球規模の温暖化)は極地ほど影響を受けやすいと言われており、こちらも自然と調和して暮らしてきたイヌイットを直撃する深刻な問題になっています。

時代の急激な変化の中で社会問題、環境問題に直面したイヌイットの暮らしが今後も変わり続けてゆくことは間違いありません。

一方で彼らの伝統的な文化や暮らしをどのように守ってゆくのかは、彼らが住む国や地域だけの問題ではなく、地球規模で考えなければならない課題でもあるのです。

長年にわたってカナダで研究を継続してきた著者ならではの内容であり、イヌイットの歴史、そして現代を知ることのできる有意義な1冊になっています。