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ヴェニスの商人(松岡和子 訳)



ちくま文庫のシェイクスピア全集を気の向いた時に読んでいますが、今回紹介する「ヴェニスの商人」で4作品目です。

本シリーズは注釈が最後にまとめて掲載されている形式ではなく、各ページの下部に注釈欄が設けられているため、分からない言い回しや著者(シェイクスピア)の意図がその場ですぐに確認できるという利点があります。

作品名のヴェニスの商人とは、主人公であるアントーニオのことを指します。

彼は散財を続け懐が苦しくなった親友・バサーニオのために保証人となり、ユダヤ人商人シャイロックからお金を借りることになります。

さらにバサーニオは金持ちの相続人であるポーシャに恋心を抱いており、この恋を成就させるためにもお金が必要だったのです。

バサーニオは遊び人風であり、シャイロックは当時(16世紀)のユダヤ人のイメージがそうであったように計算高く欲深い商人であり、友情のためとはいえ、この頼みを快く引き受けるアントーニオはどう見てもお人好しが過ぎます。

しかし利害を超えた友情や恋、そしてその両方を天秤にかけるといった選択は本作品のテーマにもなっており、アントーニオのような天真爛漫な主人公があってこそ、演劇にふさわしいストーリーが生み出されるのです。

キリスト教徒、もっと言えば善意で利子をとらずに金を貸すアントーニオへ対してシャイロックは深い憎しみを抱いており、彼は借金の保証としてアントーニオの心臓付近の肉1ポンド(約0.454kg)、つまり間接的に彼の命を要求します。

そしてもちろんアントーニオの身にはシャイロックから借りた金を返せない不幸が降りかかり、親友のために命の危機を迎えることになるのですが、ここからが本作品の見せ所となります。

本作品は主人公が活躍するというより、彼の周辺にいる人物たちが動き回ることで物語が進んでゆきます。

とくにアントーニオの影からの援助のおかげでバサーニオの恋人となったポーシャ、そして敵役のシャイロックの演技力が重要となる脚本になっています。

ヴェニス(ヴェネツィア)といえば、15世紀に全盛期を迎えた世界一の商業都市国家であり、作品中に商業用語や当時の解放的な時代を反映して性的な隠喩も多く用いられており、時代の最先端を走る売れっ子脚本家シェイクスピアならではの演出を充分に味わうことのできる作品になっています。