エスキモーになった日本人
以前本ブログで「極夜行」を紹介しましたが、著者の角幡唯介氏が極地探検の拠点にしたグリーンランドのシオラパルクを訪れた時に、この村で42年間も猟師として暮らす大島郁雄氏の元を訪れるシーンが出てきます。
彼はイヌイットの女性と結婚し、息子が1人と娘が4人、そして孫が10人いると紹介されていますが、さらに彼には著書があることにも触れられており、本書を手にとってみました。
大島氏は1972年に日大山岳部として北極探検のためにこの地を訪れましたが、長期滞在するうちにイヌイットの狩猟文化に魅力を覚え、この地に永住することを選んだという経歴を持っています。
ちなみにシオラパルクは世界最北の村と言われ、冬季になると4ヶ月も太陽が昇らない極北地です。
本書は1989年に出版されており、この時点で大島氏がシオラパルクで暮らし始めて16年の歳月が経過しています。
この地にはじめて降り立ったときの新鮮な驚き、この村で伝説的な冒険家・植村直己氏と共に暮らした日々、戸惑いを覚えた独自の食文化やイヌイット語を習得していゆく苦労などが時系列で書かれており、イヌイットの住む土地を訪れた紀行文のように読むことができます。
やがてこの地で猟師として暮らしてゆくこと選択し、見習い猟師としての経験、そしてほぼなりゆきに身を任せて村の長老に勧められるがままに結婚に至った経緯が紹介されています。
彼らの主要な移動手段である犬ぞり、狩りに使われる道具についても図解で紹介されており、異国の地で暮らし始めた著者の戸惑いを読者も共有しながら楽しむことができます。
さらにここから先は完全にイヌイットの一員となった著者が、シオラパルクでの暮らしの様子や文化をガイドしてくれます。
長老から聞いたイヌイットの昔話や伝説、冬季の激しい嵐の経験、季節ごとの過ごし方や猟のやり方、村の生活のルールや設備の紹介、経済や流通に関する言及、極めつけはシオラパルクの猟師仲間のプロフィール紹介までしてくれます。
今では異国の地で結婚して家庭を築き暮らしている人は珍しくなく、私の周りにもそういった人たちがいます。
その中でも娯楽はおろか、医療設備や交通網、電気さえも整備されていない異国の地で満ち足りて暮らす大島氏の姿には特別な魅力を感じるのです。