レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

極夜行



本書は著者の角幡唯介氏の行った北極圏における極夜(太陽の昇らない季節)の探検を記録したノンフィクションです。

まだ本書を読んでいない人は、この探検のためだけに3年間もの準備に日々を費やした記録「極夜行前」から読むことをおすすめします。

そこには著者がGPSを持たずに暗闇の極地を探検するための努力や工夫、そしてこの長い極夜行の中で食料や燃料を補給するためのデポを設置するまでの苦労の過程が描かれており、間違いなく本作品をより楽しむことができるからです。

冒険(探検)には危険がつきものです。
むしろ冒険家という人種にとって命の危険性がゼロであれば、それは冒険という名に値しないと言っていいほどです。

一方で下調べ、必要な技術の習得、装備や物資の準備など入念な準備がなければ、それは単なる無謀な挑戦ということになり、これも冒険家にとっては屈辱的な言葉になります。

本ブログでは作品をまだ読んでいない人を考慮して、ネタバレしない程度に内容を紹介するように心がけていますが、なかなか難しい部分もあります。

それでも言えることは、著者もプロの冒険家の例に漏れず入念な準備を行ったにも関わらず、最初から最後まで計画通りに行かないことの連続になります。

すべてが計画通りに進み順調に探検を終えることが出来れば良いのですが、探検に限らず私も仕事においてすべてが順調に終わることの方が珍しく、何かしら予定外の出来事、つまりトラブルが発生するものです。

著者の身に起きたことは、ことごとく想定外の出来事の連続であり、読んでいて気の毒になるほどです。

しかもそれは人間の生活圏から外れた極地での厳しい自然の中で発生したトラブルであり、そこでの対処を間違えば命を落とす可能性も大いにある性質のものなのです。

皮肉なことにそれをノンフィクション作品化する場合、計画通りに物事が進むよりも、数々の想定外の障害を乗り越えてゆくストーリーの方が読者を興奮させることは間違いないのです。

マイナス40度を下回ることもある極寒、ホッキョクグマやオオカミなど野生動物による襲撃、クレパスに落ちるなど命の危険は幾つもありますが、GPSを持たずに極夜の探検を続ける著者にとって最も命を失う可能性が高いのが、自分のいる位置を見失い徘徊を続けるうちに訪れる餓死です。

冬季の極地を歩き続ける場合、1日500キロカロリーを接種しても充分とは言えず、徐々に体力は削られていくほど過酷な環境です。

しかし何ヶ月も太陽が昇らない暗闇の大地を歩き続け、その探検の終わりに地平線から昇る太陽を見たとき人間は何を感じるのか、決して現代人が日常生活の中で体験することのない行為に挑戦することに、この冒険の本質的な意味があるのです。

一方で起伏のない土地をひたすら歩き続ける行為は本質的には単調な作業であり、冒険小説として見せ所が難しい部分がありますが、極限の状況における著者の心理的描写が飾り気なく描かれており、その余白を補って余りあるほど読ませてくれる作品になっています。