レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

極夜行前



角幡唯介氏の作品を本ブログでも何冊か紹介していますが、彼の作品を読み続けているのは私と同年代で冒険家として活躍している点と、やはり彼の作家としての作品が魅力的だからです。

冒険家という人種は人類未踏の地を目指したり、誰も発見を証明できていない生物や遺跡などを探索したりする人たちです。

そして冒険を敢行する理由は歴史に名を残す名誉を得るためだったりしますが、本当のところは命の危険を犯してまでも衝動的な好奇心を抑えられない点にあるように思えます。

名誉を得るという目的で冒険という手段を取るのはリスクを考えると割に合わない(=非効率)な気がしますし、冒険する本質的な理由を理論的に説明するのは難しいのではないでしょうか。

角幡氏は冒険家、そして同時に作家として活動しているため、なぜ自分がそのような冒険を行うのかを作品の中で書かざるを得ない立場にあります。

タイトルにある"極夜"とは太陽の沈まない"白夜"の対義語であり、つまり1日中太陽が昇らない日を指します。

つまり著者は北極圏における数ヶ月の極夜の中を橇を引いて冒険することを決意します。

それは何ヶ月も太陽が昇らない暗闇の中を歩き続けることを意味しますが、私でも客観的に極夜というものは容易に想像できます。

しかし毎日陽が昇るのが当たり前である地域に住む人が実際に極夜を体験するとことで、身体と精神がどのような反応を見せるかは経験してみないと分かりません。

つまり極夜を主観的に知ろうとする好奇心が今回の冒険の動機になったと言えます。

とはいえ著者は極夜を知るためには、ただそこに居るだけではなく、極地を肌で感じるために何百キロという距離を1人で歩き、さらには自分が今いる位置を知るための手段としてGPSを使わずに百年前の冒険家がやっていたように六分儀による天測を用いるといったルールを自らに課します。

なぜあえて不便で困難な方法を選ぶかという点については、私たちにも経験があるはずです。

代表的な例であれば快適なホテルに泊まるよりも、キャンプ泊で自炊する方がより自然を身近に体験できるはずです。

本書は「極夜行前」というタイトルから推測できるように、本格的な極夜探検を始める前に天測の技術を身に付けたり、冒険に必要な食料をあらかじめデポしておくための準備期間の体験を1冊の本をまとめたものです。

発行された日付を見ると、実際の極地冒険である「極夜行」の方が先で、本書「極夜行前」が後に発表されたようです。

私は本屋でこの2冊を同時に購入したのですが、ストーリーの時系列を重視して本書を先に読んでみました。

著者は極夜探検を実行するにあたり3年もの期間を準備に費やしていますが、この"準備"という期間が単調な作業だったかというとまったく違います。

グリーンランドにあるイヌイットの子孫が暮らすシオラパルクは北極圏に位置し、昔から人が暮らす集落としてはほぼ世界最北に位置します。

そこを冒険の拠点にすることを決めて降り立った著者が冒険の準備を進めるためには、必然的にイヌイットたちが持つ知識や文化を理解して知る必要があります。

こうした過程も大部分の日本人にとって馴染みのないものであり、著者の持つ好奇心に読者も引き込まれてしまい夢中で読み進めてしまうのです。