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左近 (上)


島清興(しま きよおき)、通称である島左近で知られている戦国時代の武将を主人公とした歴史小説です。

著者の火坂雅志氏は本作品を執筆中の2015年に58歳で急逝されており、もっとも油の乗り切った時期だっただけに大変悔やまれます。

左近は大和の豪族である筒井家順昭・順慶・定次と3代に渡って仕え、のちに石田三成に破格の条件で召し抱えられ、関ヶ原の戦いで討ち死したと伝えられている武将です。

とくに筒井順慶に仕えていた時には、大和を巡って松永久秀三好三人衆(三好長逸・三好宗渭・岩成友通)らと死闘を繰り広げ、一時期は筒井家が滅亡寸前にまで追い詰められることもありました。

合戦、そして外交とあらゆる手段を駆使して順慶は大和一国を平定することに成功しますが、それには重臣であった島左近の活躍が欠かすことができませんでいた。

弱肉強食の戦国時代にあって弱き者は、強者によって滅ぼされるか、服従するかの二択という殺伐とした世界でしたが、左近は筒井家が劣勢に立たされても主家を見限ることはありませんでした。

作品中で左近はその理由を「それは漢のすることではない」と明快に答えています。

そこには悲壮な覚悟というより、自分がいる限り好き勝手にはさせないという絶対的な自信がバックボーンになっている、戦国武将らしい武将として描かれています。

そして左近にとって好敵手として登場するのが、松永久秀側に仕えている若き日の柳生宗厳(やぎゅう むねよし)です。

"若き日の"と表現したのは、のちに石舟斎と名乗った時代の方が有名なためですが、宗厳もまたかつては左近同様に自らの力を信じて戦乱の中で成り上がろうとした武将の1人であったのです。

筒井順慶にとって最大の敵となった松永久秀も織田信長に一時は従いながらも、おのれの野心に忠実であり、一度反旗を翻したのちは命乞いを潔しとはせず、信長が喉から手が出るほど欲しがった名器・平蜘蛛とともに居城の天守閣で爆死するという壮絶な最期を遂げます。
彼もまた戦国武将らしい人物だったといえるでしょう。

やはり歴史好きの読者にとって、いつ滅びるか分からない乱世にあってひらすら保身に走る武将よりも、その結果はどうあれ生き様を見せてくれる武将に魅力を感じるものであり、その点で島左近はうってつけの主人公なのです。