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エベレストを越えて



植村直己といえば世界初の五大陸最高峰登頂を成し遂げるなど、日本を代表する伝説的な冒険家として知られています。

植村は1984年、43歳のときにマッキンゼー(デナリ)の厳冬期単独登頂中に消息不明となってしまいますが、アマゾン川の6,000km筏下り犬ぞり単独行による北極点到達など、その活躍のフィールドは登山というジャンルに留まりませんでした。

そんな植村にとってもやはり世界最高峰であるエベレストは特別な意味を持つ存在であったようです。

本書は約12年間にわたり、計3回に渡って挑戦した植村のエベレスト登頂の記録を1冊の本にまとめたものです。

  • 日本エベレスト登山隊(1970年)
  • 国際エベレスト登山隊(1971年)
  • 日本冬期エベレスト登山隊(1980年)

本書を読んでまず感じたのは、本業のノンフィクション作家並みに植村の文章が読者を引き込む魅力を持っているという点です。

その秘訣は所々で引用される植村自身の日記であり、そこには当時の状況だけでなく心情も細かく残されています。
つまりこの日記を元に執筆しているため、リアリティ溢れるノンフィクション作品として楽しめるのです。

とくに1回目の登山では、植村が日本人初のエベレスト登頂者となります。

2回にわたる現地探索、そして本格的な登山に備えて現地で越冬しながら登頂の準備を続けながらも、シェルパ族との交流を描いた日々が印象に残ります。

当時はまだエベレストが商業登山化する以前の時代であり、現代に比べ装備も情報テクノロジーも未熟だったためエベレスト登山は危険性の高いものでした。

そこでは登山隊メンバーやそれをサポートしたシェルパ族が亡くなるといった不幸な事故も起こっており、それを目の当たりにしている著者自身だからこそ書ける描写が随所に見られます。

植村直己というと単独行というイメージがありますが、エベレスト登山はいずれもチームで行われたものであり、そうである以上チームワークが重要になりますが、2回目のエベレスト登山では登頂が近づくにつれ、各国から参加したメンバーたちの間に亀裂が入り、チームが空中分解してしまう過程もよく描かれており、興味深く読むことが出来ます。

3回目の登山では自らがチームを率いて冬期エベレストへ挑戦することになります。
これまでの与えられた役割だけをこなすことに集中していた頃とは違い、隊長としてメンバーの命を預かるという立場がいかに重いものであったかを本書の中から感じることができます。

本書は植村自身が体験した冒険譚であるとともに、過酷な自然へ対して人間が挑戦するドキュメンタリー作品でもあるのです。