本と戯れる日々


レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

日本人が知らない台湾有事



中国と台湾の間に広がる緊張関係について報じられることがありますが、多くの日本人は隣国同士の問題であることから漠然とした不安を抱くとともに、とくに日本の領海へ侵入を繰り返す中国へ対して危機感を募らせている人が多いのではないでしょうか。

中国側は台湾を「中国の領土の不可分の一部」と主張し続けており、当然のように台湾はこれに対して反発し、日本、そして同盟国である米国も中国の主張を承認していません。

近い将来、台湾と中国との間で戦争が起きる可能性はどのくらいあるのか?また戦争になった場合、具体的にどのような事態が起こることが予想されるのかを言及しているのが本書です。

まず本書の前半ではさまざまなシンクタンクや政府機関が行った台湾侵攻シュミレーションの結果を紹介しています。

台湾へ向けられる人民解放軍の戦力、それに対する台湾側の戦力分析から始まり、中国側が台湾上陸を目指すための海上輸送能力、具体的な上陸予想箇所などと併せながら、楽観的、悲観的シナリオをそれぞれ紹介しています。

代表的なアメリカのシンクタンクCSIS(戦略国際問題研究所)の報告によれば、「中国の台湾侵攻は困難で、ほとんどの条件下で失敗する」といった結論に至っています。

ただしこれには条件があり、アメリカ軍が遅くとも2週間以内に参戦すること、日本が中立的立場をとらず台湾を支援するといったことが挙げられています。

続いて本書では人民解放軍の真の実力を分析しています。

ニュースでは中国が莫大な予算を投じて軍拡路線を突き進んでいると報じられていますが、空母や潜水艦、航空戦力、保持しているミサイルの種類やその数、核兵器、現代の戦争で重要になってくるサイバー戦部隊、さらには宇宙軍といった点にまで言及しています。

単純な数だけでなく、技術力や性能といった点も細かく分析しており、本書でもっとも多くのページが割かれているその情報量の多さに驚かされます。

著者の小川和久氏は、自衛隊、新聞記者などの経験を経て日本人初の軍事ジャーナリストとして独立した方であり、本書の内容は自衛隊の高級幹部に話しているのと同じレベルであるといいます。

もちろん戦力分析やシュミレーションは中国側でも行っており、著者によれば彼らは現時点でそう簡単に台湾侵攻が成功しないことを冷静に受け止めているといいます。

一方で日本側は台湾有事が起こった際の立場や戦略すら整理できていないと手厳しい指摘をしています。

つまり台湾有事が起こった際に、その対策を国会で議論している間に手遅れになりかねない状況にあるといいます。

日本と台湾との間に軍事同盟は締結されていませんが、台湾有事の際にアメリカは日米同盟を根拠にした軍事的な協力を日本へ期待しています。

そして協力を行えば当然のように日本も戦争に巻き込まれる可能性があります。

まずは隣国の親日国である台湾を我が事のように捉えて協力するのか、あくまで第三者として中立的立場を貫き日本へ戦火が広がることを防ぐのかを明確にする必要があります。

いずれにせよ日本と中国との間には尖閣諸島問題を抱えていることから分かる通り、台湾有事は決して人ごとではないのです。

巨大企業に勝つ5つの法則



タイトルから中小企業が巨大企業と競争するための戦略を解説した本だと容易に想像できますが、ビジネス本の視点としてありふれたものであり、かつ15年近く前の2010年出版ということで個人的にはあまり内容には期待していませんでした。

一方で私自身は1度も大企業に所属したことはなく、小さな世帯の企業の方が性が合っているという自覚があることから、なにかヒントらしきものが1つでも書かれていればと思い古本として購入したものです。

まず結論から言うと、よい意味で裏切られた1冊でした。

私自身も間近で見てきましたが、大企業はフットワークが重く、新しい手法や分野に挑戦する意欲に乏しいという傾向があります。

それでも圧倒的な資金力と組織力で安定した経営を実現し、社員の待遇は厚く、大規模なプロジェクトを遂行できるという面もあり、一般的に見ればやはり巨大企業の方にメリットが多いと感じます。

先ほど挙げた巨大企業のデメリットについては本書でも言及されていますが、本書ではそれを体系的に解説し、さらに新しい視点を提供してくれます。

それは「劣勢であることを強みにする」という逆説的な発想です。

とはいえ"劣勢"は"劣勢"であり、それ自体が有利へ働くことはありませんが、本書では以下の通り述べられています。
後がないから全力を出すしかない。
巨大企業と対峙した小企業にとっては「有事」であり、組織が実力主義となり全力で取り組むことができる。
大企業が持つ過去の成功体験はノイズとなり、必ずしも新しい市場で役立つとは限らない。
(成功の)未経験者の方が画期的な製品やサービスを生み出しやすい。
経験がない者は、体面や外見と気にすることなく他者から「貪欲に学ぶ」ことができる。
この「貪欲に学ぶ」という行為はもっともノウハウを効率的に吸収できる方法である。
かなりシンプルなように見えますが、本書ではこうした1つ1つの項目について具体的な事例が付け加えられており、理解しやすい内容になっています。

後半に入ると「変人を」重視するサムライをリーダーにするといった、社内組織の秩序を保つために大企業が実行しにくい抜擢人事についても言及しています。

ここで挙げられている具体的例は、個人的にファンでもある「プロジェクトX」にも登場しそうな人たちであり、参考になると同時に楽しく読むことさえできます。

はじめに紹介したように約15年前に出版された本ですが、今でも充分に参考にできる点が多く、内容もよくまとまっている優れたビジネス書としてお勧めしたい1冊です。

こうして社員は、やる気を失っていく



多くのモチベーションの高い社員によって構成される企業は業績が良く、離職率も低くなります。

つまり社員のモチベーションを高めることは、企業が生存・成長してゆく上で欠かせない要素になりますが、その方法を紹介して解説するだけでは普通の切り口のビジネス書になってしまいます。

本書はこれを逆の視点、つまり社員がやる気を失ってゆくNGな上司の言動、企業文化や制度を紹介してゆき、社員のモチベーションを下げる要素を取り除いてゆくといったアプローチをとっています。

本書ではその過程で"ゼロベースシンキング"、"推論のはしご"、"内発的動機付け&外発的動機付け"、"DESC法"、"目標管理制度(MBO)"、"ウェルビーイング(Well-being)"、"ライフ-キャリア・レインボー"といった多くの実績のある手法や、働くことに関する研究・実験結果を引用して説得力を高めています。

ただし本書を最初から最後まで読んでゆくと最終的にはかなり多くの手法が登場することになるので、目次から自分たちが当てはまりそうな箇所を抜粋して実践してゆくのが効率的だと思います。

加えて本書は部下を持つ社長や管理職を対象にしていますが、例えば小さなチームを率いるリーダーであっても実践できる内容が含まれいます。

以下に本書の主要部分である2章と3章の目次を紹介してみます。

■第2章 社員がやる気を失っていく上司に共通する10の問題と改善策
  • 目を見て話さない。目を見て話せない。 - メンバーとまともに向き合わない上司
  • 理由や背景を説明しない - 「意味のない、ムダな仕事」と思わせる上司
  • 一方通行の指示 - 双方向のコニュニケーションがとれない上司
  • コントロールできる部分を与えない - 1から10までを指示する上司
  • 話を聞かずに結論を出す - 頭ごなしに決めつける思い込み上司
  • 意見も提案も受け入れない - 「自分が絶対」のお山の大将上司
  • 言うことに一貫性がない - 行き当たりばったり上司
  • 感覚だけで評価する - 結果を出しても評価されないと思わせる上司
  • 失敗を部下のせいにする - 責任転嫁し、自己保身に走る上司
  • 部下の仕事を横取りする - いつまでたっても「自分が主役」上司


■第3章 「組織が疲弊していく会社」に共通する15の問題と改善策
  • 個人が仕事を抱えすぎている - 不平等で不満ばかりの組織
  • 仕事を押しつけ合う - 会社的視点、共働の意識がない組織
  • 物事を決められない - コミュニケーション機能が不全な組織
  • 前例と成功体験から抜け出せない - 新しいものを生み出せない組織
  • 「理念」が言葉だけ - 細部に魂が入っていない組織
  • 「挑戦」「改革」・・空手形の言葉ばかり - 言葉と中身が一致していない組織
  • 社長がめちゃくちゃ忙しい - 社員を導くリーダーが不在の組織
  • 管理職が逆ロールモデル - めざすべき人物が不在で不幸な組織
  • いつもピリピリしている - 不機嫌、不安、不快がはびこる組織
  • マイナス要因の犯人探しに執心 - 「性悪説」による不信感と不寛容な組織
  • よくわからない人事異動がある - 「え、なんで?」不透明・不可解・不当な組織
  • いまだに長時間労働が美徳 - 時代の変化についていけない組織
  • 女性が出世しない - 価値観が偏った不条理な組織
  • 子育て、介護で働きにくい - 働きやすい制度の不足・不備がある組織
  • 長期的な展望を描けない - キャリア設計が不安、不明な組織

目次からわかる通り、経営コンサルタントである著者(松岡保昌氏)は、人間心理を徹底的に考え抜くスタンスで仕事に取り組んでいるとのことです。

モチベーションは目に見えないものであるが故に見落としやすいものであり、本書から参考になる要素は多そうだと感じました。

雲の墓標



本書は阿川弘之氏による戦争文学ですが、すこし変わった形式で書かれています。

それは主人公・吉野次郎が学徒動員されて海軍へ入隊した直後の昭和18年12月12日から、特攻隊として出撃を命令された昭和20年7月9日までの日記をひたすら掲載するという形をとっている点です。

作品中の主人公は、はじめは自由な学生時代を謳歌していた日々と軍隊生活のあまりの違いに戸惑い、その理不尽さに憤りを覚えるという当然の反応を示すことになります。

やがて学生生活を懐かしみつつも1人前の飛行士になるため訓練に励む日々が続きます。

そこからは本望ではないものの、軍隊に入ったからにはベストを尽くすという若者らしいひたむきさが感じられます。

しかし軍隊にいると、やがて日本の戦況が圧倒的に不利な状況であることを知り、自身が再び生きて学業の道へ戻れる可能性が低いことを実感します。
たとえ自分の命を捧げることになっても戦争の大局へ影響を与えることのできない無力さ、自らの人生の意味を考えて葛藤が続くことになります。

ついに戦局が差し迫った状況となり、かつては志をともにした学友たちが特攻隊として空へ飛び立ち、あるいは訓練中の事故死などで命を失っていく日常を目の当たりにすることで、さらに心境の変化が生じていきます。

最終的に主人公は、心の底から晴れ晴れとした気持ちで出撃し、両親へ対して思い残すことはないので、どうか安心してくださいと日記の中で綴っています。

若い頃に特攻隊に関わる話を見たり聞いたりしたときは、国を守るために若い命を散らした若者たちの潔さを感じる一方で、なぜ手段を選ばずにとにかく生き残る道を模索しなかったのだろうと疑問に思うことがありました。

しかし自身も海軍予備員をして戦争を経験した阿川氏が描く作品の力、もしくは私自身の年齢のせいなのか、主人公の心情の変化に共感できる部分が多くありました。

ともに青春を過ごしてきた学友たちが次々と命を失ってゆく中で、自分だけが生きながらえても仕方ないというあきらめの感情も多少あったと思いますが、最終的には自身が生きた時代、そして与えられた環境の中で自分の生き方を自分で決めたという覚悟がそこにはあったような気がします。

おそらく主人公の心境は、当時の作者自身が抱いていた感情ではないでしょうか。

日々の出来事を綴った日記という形式をとっているため、著者は直接的に戦争へ対して肯定も批判も行っておらず、意識してイデオロギー的なものを作品中から排除しています。

そのため本書は時代を超えて読者の共感を呼ぶことのできる完成度の高い戦争文学作品といえるでしょう。

美味放浪記


本書は作家の檀一雄氏が国内外を問わず各地の名物料理を味わう旅をエッセーにしたものです。

作家にはグルメが多い印象がありますが、よく考えると美味しい料理を食べるのは誰にとっても嬉しいはずです。

たとえばTVでグルメロケが得意な芸能人がいるように、その美味しさを文字で表現することに関しては作家の右に出る職業はありません。

檀氏は自らを、美食家ではなく繁華街や市場にある立喰屋・立飲屋をほっつき廻るのが性に合っていると謙遜していますが、私から見ると立派な美食家に思えます。

それは高級料理を好んで食べるという意味ではなく、さまざまな地域にある独特の食文化、たとえば発酵食品やら内臓料理といったクセの強いものであっても先入観なく何でも平気で口に入れることができるからです。

本書は国内編、そして海外編で半々に分かれており、目次を見るだけで読むのが楽しみなラインナップが揃っています。

<国内篇>
  • 黒潮の香を豪快に味わう皿鉢料理(高知)
  • 厳冬に冴える雪国の魚料理(新潟・秋田)
  • 郷愁で綴る我がふる里の味覚(北九州)
  • 中国の味を伝えるサツマ汁(南九州)
  • 日本料理・西洋料理味くらべ(大阪・神戸)
  • 瀬戸内海はカキにママカリ(山陽道)
  • さい果ての旅情を誘う海の幸(釧路・網走)
  • 素朴な料理法で活かす珍味の数々(山陰道)
  • 夜店の毛蟹に太宰の面影を偲ぶ(札幌・函館)
  • 野菜のひとかけらにも千年の重み(京都)
  • 攻撃をさばいて喰べるワンコソバ(津軽・南部)
  • 飲食の極致・松坂のビール牛(志摩・南紀)

<海外篇>
  • サフラン色の香りとパエリアと(スペイン)
  • 初鰹をサカナに飲む銘酒・ダン(ポルトガル)
  • 迷路で出合った旅の味(モロッコ)
  • チロルで味わった山家焼(ドイツ・オーストリア)
  • 味の交響楽・スメルガスボード(北欧)
  • 保守の伝統がはぐくむ家庭料理(イギリス)
  • カンガルーこそ無頼の珍味(オーストラリア・ニュージーランド)
  • ボルシチに流浪の青春時代を想う(ソビエト)
  • 贅沢な味 ア・ラ・カ・ル・ト(フランス)
  • 悠久たる風土が培う焼肉の味(韓国)
  • 食文化の殿堂・晩秋の北京を行く(中国)

本書を執筆は1960年代の経験を元に執筆されたものであると推測されますが、国内篇だけを読んでみても私の知らない料理が数多く登場します。

檀氏は料理を人類学的、歴史的に考察することなど考えたことがないと言いながら、今現在で消えてしまった食文化も本書に収録されている可能性があり、今から約60年前の貴重な食文化を伝える本としても価値があります。