レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

密教



密教と言えば仏教の一流派であることを知っている人は多いと思いますが、ほかの仏教の流派と比べて密教にはどのような特徴があるのかを知っている人は少ないのではないでしょうか。

自分の知らない分野への一般教養を身につける手段として岩波新書は最適な手段であり、私自身もそうした目的のために本書を手にとってみました。

著者の松長有慶氏は仏教学者であると同時に、本書が出版されたのちに真言宗における僧の最高位・金剛峯寺第412世座主を務めた僧でもあり、いわば密教の第一人者ということで本書を執筆するに相応しい経歴を持っています。

日本において密教の代表的な宗派は真言宗(東密)天台宗(台密)が代表的ですが、世界中において現在密教が信仰されているのはチベット周辺と日本だけだと言います。

もちろん密教発祥の地はインドですが、その密教は前・中・後期の三期に分かれるそうです。

日本へ密教が伝来したのは9世紀初頭であり、長安へ留学した空海が持ち帰ったことは日本史の教科書でも書かれています。

一方でチベットには7世紀に仏教が伝搬したものの、途中2百年ほど仏教が中断し、密教が持ち込まれたのは11世紀のはじめになります。

チベットより先に日本で密教が広まったという事実は意外でしたが、よりインド密教の流れを色濃く受け継いでいるのはチベットの方だと言います。

中国では不空、恵果(空海の師)という高僧が密教を広めましたが、インドから直接仏教が伝来したチベットとは異なり、中国を経由して伝来した分だけ、その影響を受けていることは否めません。

さらに日本へ密教が伝来したのちも、日本固有の民俗信仰とも結びついて独自の形態を作り上げてゆくことになります。

本書では著者自らがチベットを訪れて、学者としての視点から日本密教との違いを比較しています。

続いて密教(おもに真言宗)が持つ世界観(宗教観)の解説へと入ってゆきます。

簡単に言えば浄土系宗派では「人は亡くなった後に極楽浄土へ行く」という教えであり、禅宗派では瞑想(坐禅)によって真理を悟るという教えですが、密教では「即身成仏」(注:即身仏とは異なる)、つまり戒律により定められた修行に精進することで生きながらにして仏になるという教えであり、より禅宗側に近い教えだと言えます。

密教にはさまざまな儀式があり、また真理を表したといわれる曼荼羅をはじめとした道具立てもほかの宗派と比べると多彩なのが特徴です。

また言葉そのものに真理が宿るという教えから、要所にサンスクリット語が用いられるのも特徴です。

もちろん本書は密教の入口を紹介しているに過ぎませんが、それでも本書によってはじめて知る事柄は多岐にわたり、たとえば密教僧の日々のお勤めの内容、曼荼羅の意味やその見方などが丁寧に解説されています。

さらに密教の歴史やチベット密教(ラマ教)と比較することで、その特色をより深く知ることができます。

密教といえば護摩を焚きながらお教を唱える儀式が有名ですが、その意味がよく分からないという人であれば是非本書を読んでその疑問を解消してみてはいかがでしょうか?