我利馬の船出
本ブログでははじめて紹介する灰谷健次郎氏の小説です。
本作の主人公は経済的、家庭環境においても不幸な環境で生まれ育った少年です。
過去を捨てて生まれ変わるために自らに「我利馬(ガリバー)」という新しい名前を付け、自分の力でボートを作り、新しい世界へ飛び出すために航海へ出るというのが前半のストーリーです。
少年が独力で造船し1人で大海原へ漕ぎ出すというのは現実離れした夢のような計画であり、最初は突拍子のないストーリーが展開されてゆくのかと想いながら読んでいましたが、その計画はかなり用意周到で地に足が着いたものでした。
我利馬は書籍で船の構造を勉強し、造船所を見学し、さらに模型で試作を作った上で数年かけて計画を地道に実行へ移してゆくのです。
実際に造船の段階に入ると、ホームレスの"おっさん"や最初は面白がって見学していた近所のガキたちという協力者たちがが現れるのです。
この"おっさん"には複雑な過去があるようですが、一種の聖人のような人物であり、惜しみなく我利馬のために働いてくれます。
はじめは一刻も早くみじめで不公平な社会から逃れたいという気持ちが動機でしたが、こうした過程を経て彼の心境に変化が生じてきます。
それでも最初の決心は揺るがずに、ついに我利馬は手作りのボートで出航することに成功します。
もっともこの航海には具体的な目的地はなく、何となく南半球にあるユートピアを目指すといった程度の目標がある程度です。
我利馬は地球上で未発見の島など存在しないことを充分承知していましたが、それでもそれを実行に移さずにはいられなかったのです。
そして大海原でさまざまな困難を経験し、孤独の中で自分と向き合う中でさらに我利馬の中には大きな心の変化が訪れます。
やがて我利馬は大嵐によって遭難し見知らぬ島に漂着します。
ここから読者が予想もしない急展開を迎えることになりますが、これから読む人のためにストーリーの紹介はここまでにしたいと思います。
ストーリーだけを見ると児童向けの作品のような突拍子のないものですが、著者自身が船を所有するほど好きなこともあり、船の構造や航海技術などのディテールはしっかり解説されており、そのバランスが面白い作品です。
我利馬は理不尽で不幸な境遇の中でどん底の現実を生きてきた影響で、はじめは世間を恨み妬み、自分のことしか考えられなくなっていました。
彼もやがて自分の行く末は犯罪者しかないと思い詰めながらも現実の中で足掻いてゆく中で、思いもかけず出会った人のやさしさに触れることで、人間的に成長してゆく過程が描かれています。
個人的には、少年が冒険を通じて成長してゆくという意味では正統派のファンタジー小説のようでもあり、人間のエゴを鋭く切り取った現代小説と言えなくもない不思議な印象を受けました。
いずれにしても読み終わった後も余韻が残り続ける作品であり、小説の醍醐味を味わえることは間違いありません。
主人公の年齢を考えると、とくに中学・高校生くらいの年代であればより感情移入できることは間違いなく、是非とも読んでもらいたい作品です。
