レビュー本が1000冊を突破しました。
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塞王の楯 下


今村翔吾氏による「塞王の楯」の下巻のレビューです。

下巻では主人公・匡介が率いる穴太衆・飛田屋にとって最大のライバルが本格的に登場します。

それは穴太衆と同じ近江に集住している鉄砲鍛冶集団・国友衆(くにともしゅう)です。

戦国時代の戦い方を大きく変えたのが鉄砲の存在であり、その鉄砲をより強力に進化させてきた技術集団が国友衆であり、彼らを率いるのが匡介とほぼ同世代の彦九郎という設定です。

最強の矛が国友衆であるならば、最強の楯が穴太衆ということになり、その矛盾を決着させるための戦いが下巻で繰り広げられます。

舞台は実際に繰り広げられた大津城の戦いになります。

関ヶ原前夜に行われた有名な合戦といえば真田氏と徳川氏との間で行われた上田城合戦が知られていますが、近江国において東軍に味方した京極高次をはじめとする3000名が籠城する大津城へ対して、毛利元康を大将とした立花宗茂、小早川秀包、筑紫広門ら15000名が攻め寄せたこの合戦も有名です(作品中では4万の軍勢となっている)。

しかも上巻では主人公の匡介がはじめて1人で仕事を任せられたのが、この大津城の外堀を空壕から水壕へと移行させる工事であり、いわば決戦の舞台として申し分ない伏線が張られています。

石を自由自在に積み上げる穴太衆と、10町(約1.1km)もの射程距離を持つ大筒で攻撃を仕掛ける国友衆との戦いは、本作品全体を通したクライマックスになります。

戦国時代における野戦で両軍が真っ向からぶつかり合う合戦も魅力的ですが、時間をかけて行われる城攻めも見どころがあります。

とくに攻め手の将の1人である立花宗茂は戦国時代を代表する名将の1人であり、対する京極高次は名家の出身であるものの、信長の妹・お市の娘であり、秀吉の妻・淀殿(茶々)の妹でもあるお初が妻であったことから、その血縁関係により運良く大名になれた人物であり、当時から妻の七光りだけで出世できた"蛍大名"と当時から揶揄されてきた人物であり、お世辞にも名将とは言えない人物でした。

作者はそれを逆手に取って天真爛漫な、そして何事も家臣(部下)たちへ一任したら口を出さないという、今どきのマネジメント方法としてはむしろ好ましい手法を採用している武将として高次を描いています。

戦国時代をエンタメ小説として描いているため、先入観には囚われず、登場人物たちを魅力的に描いている点が印象的でした。

それは主人公側だけに留まらず彼らと敵対する人物たちにも言え、単純な勧善懲悪という構図でストーリーを展開していないという点も長編小説として読者を飽きさせない、つまり作品に愛着を抱きやすい工夫がされています。

戦国武将同士の戦いは基本的に領土を巡っての弱肉強食の争いですが、そこに領土的野心が絡まない純粋な職人同士(穴太衆vs国友衆)の意地がぶつかり合うというという新しい視点を与えているのが本作品の秀逸な部分であり、普通の歴史小説では描けない世界を表現できている作品といえます。