塞王の楯 上
今村翔吾氏による戦国エンタメ小説です。
あえて"エンタメ"という言葉を使ったのは、物語の背景は史実を元にしつつも、作者による創作的な要素が多分に入っているという意味になります。
著者が物語の中心に据えたのは、戦国時代好きの中ではよく知られている城や寺院などの石垣施工の専門家・穴太衆(あのうしゅう)です。
タイトルにある塞王(さいおう)とは穴太衆の中でもっとも優れた石工の棟梁に与えらる称号であり、楯とはその塞王が築いた石垣ということになります。
主人公の匡介(きょうすけ)は信長の朝倉氏侵攻による一乗谷城の戦いによって家族を失ってしまいます。
そしてたまたま一乗谷を訪れていた塞王の源斎に拾われて養子となり、やがて次期塞王と目されるまでに成長してゆきます。
戦国時代の花形は何といっても武将たちであり、石工、つまり職人を同時代の主人公に仕立てて長編小説を執筆するという試みは非常に面白いと思います。
穴太衆は特定の大名の勢力下にある訳ではなく、依頼があれば日本全国どこへでも赴いて石垣の施工を請け負う存在であり、彼らの築いた石垣は1000年保つとまで言われます。
本作品には大きく2つの見どころがあります。
1つは戦争孤児という暗い生い立ちから次世代の塞王になるべく匡介が成長してゆく過程です。
一口に石垣を組むといっても石工の世界は奥深く、とくに穴太衆が得意とするのは自然石をそのまま使用する野面積(のづらづみ)であり、石と石の隙間には栗石(ぐりいし)と呼ばれる小石を詰め込み、石同士をしっかりと噛ませる必要があります。
その頑丈さは一説には、江戸時代以降主流になった石を加工して隙間なく積み上げた切込接(きりこみはぎ)よりも上という説もあるほどです。
そしてもう1つは、懸(かかり)と呼ばれるものです。
この言葉は作者の造語だと思われますが、突貫で石積みを行うことを指し、場合によっては敵が攻めてくる中においても籠城方として入城しながら石積みを続行する非常事態をも意味します。
その場合は当然、敵味方の矢弾が飛び交う中での作業となるため、普段よりはるかに高い危険が伴います。
上巻では本能寺の変の混乱に乗じて、反明智を姿勢を鮮明にした蒲生氏郷の籠もる日野城での懸がクライマックスになります。
ここで合戦中であっても自由自在に石垣を組み替えてゆく穴太衆の本領が発揮されますが、城の攻防という場面だけに迫力のある描写が続きます。
まさしく戦国時代に相応しい内容であり、映像化しても見映えするシーンになるだろうなと思いながら読み進めました。
