生麦事件(下)
吉村昭「生麦事件」下巻のレビューとなります。
上巻では生麦事件と事件後のイギリスと幕府、薩摩藩との交渉、そして薩英戦争へと至る経緯が描かれていますが、下巻ではストーリーの規模が一気に広がり、薩英戦争を経て薩英同盟が結ばれるまでの経緯、そして下関戦争や長州征伐を経ての薩長同盟の締結、鳥羽・伏見の戦いへと明治維新そのものの流れが描かれています。
つまり上巻から読み進めると、生麦事件を発端にして明治維新に至るまでの歴史的な関連性が綺麗な直線で結ばれてゆく爽快感を感じます。
一方で本作品のクライマックスは、生麦事件が直接的な原因となった薩英戦争に尽きると思います。
薩摩藩は早くからイギリスの来襲が必至であると予測し、鹿児島の町を中心に台場を築いて大砲を備え付け、火薬や砲弾を量産して備えます。
一方のイギリスは5隻からなる最新鋭の艦隊を率いて錦江湾へと向かいます。
おもに薩摩藩側の視点から見た緊迫した状況、そして実際の戦争経過の描写は、ほかの歴史小説で詳細に取り扱っている作品が少ないこともあり、吉村ファンでなくとも必読の場面であるといえます。
兵器の圧倒的な性能差があるにも関わらず悪天候が薩摩藩へ味方し、さらに藩士たちの士気の高さとイギリス側のミスや事故が重なり、結果はかなりの善戦により事実上の引き分けという形で終結します。
人的被害はイギリス側の方が大きかったものの、薩摩側も台場を破壊され、さらに町の10分の1を焼失するなど、その被害は決して小さくありませんでした。
この戦争の結果がもたらしたのは後に薩英同盟という形で明確になりますが、それには双方の冷静で合理的な判断が根底にあります。
イギリス側は優柔不断で埒が明かない幕府の日本代表としての姿勢を不服に思っており、一方で勇猛果敢で合理的な判断をする薩摩藩との関係を深めることが自国の利益へつながることを見抜きます。
そして薩摩藩側は引き分けたとはいえ圧倒的な兵器の性能差を素直に認め、攘夷を継続することが現実的な路線ではないことに気付き、むしろ彼らの技術を積極的に取り入れることで国内における影響力を強める方針へと転換します。
太平洋戦争末期に本土決戦へ向けて市民へ竹槍訓練を強制していた軍部の迷走と比べて、幕末当時の薩摩藩首脳陣たちの現状把握能力がいかに優れていたかが分かります。
イギリス、薩摩藩に共通して見られる政治的リアリズムは一度は戦争へ至ったものの、本来相性が良かったという見方ができますが、一方で幕府側勢力や一時の長州藩側から見ると薩摩藩は目的のためには手段を選ばない冷徹なイメージを抱いて嫌われていた側面もあります。
今まで吉村昭氏の幕末小説は桜田門外の変、天狗党、彰義隊といった題材を扱った作品を読んできましたが、本書のように(歴史上の勝者を題材にするという意味で)王道の歴史小説を執筆するのは珍しいといえます。
