貧乏人を喰う奴らを暴く!
漫画「クロサギ」の原案者としても有名な、夏原武による一冊。
日本でも格差社会と言われて久しいですが、本書では年収300万円以下の低所得者をターゲットとした"貧困ビジネス"の暗躍を描いたルポタージュです。
最近はテレビでも取り上げられるようになった"貧困ビジネス"の中でも"生活保護の不正受給者"、"ドラッグの転売"、"悪質な在宅ビジネス"などは比較的知られている問題ですが、本書では"戸籍売買"や、素人を使った"偽者ブランド品の運び屋"など、余り知られていない貧困ビジネスの実態も紹介されています。
また"貧困ビジネス"の対象は低所得者だけではなく、いわゆる生活のお金に困っていない人々に対してもその裾野を広げつつあります。
本作品を読んで"貧困ビジネス"の最も恐ろしいと感じた部分は、一旦被害者に陥ってしまうと、その循環から抜け出せず一生搾取され続ける立場になりかねないということです。
言い方を換えれば、将来の希望や展望を持つことが出来ずに一生を過ごさなければいけないという事であり、たまに格差社会の反論者に見受けられる「自己責任」、「努力が足りない」といった言葉ではとても片付けられない状況が現実に存在するのです。
例えば「現代日本に奴隷制度が存在する」と言えば一般的には笑われるだけですが、"貧困ビジネス"における主従関係は、まさに悲惨な奴隷制度そのものだというのが本書を読んだ実感です。
借金を背負った人やリストラされて再就職が難しい人、そして過去を公に出来ない事情を持った人たちは、元々選択肢の幅が狭くなっています。
そういった人たちのためにセーフティネットが存在するのですが、"貧困ビジネス"の主催者たちは、彼らの弱みをよく熟知した上で、セーフティネットの制度でさえも金儲けの道具として利用します。
ただし本書は、被害者へ対しても当座の金欲しさに深く考えずに養親になったり、戸籍やクレジットカードを現金に換えてしまうといった行動へ対しても強く警鐘を鳴らしています。
法律の整備や、取り締りの強化の対策は必要ですが、どうしても国の政策は後手に回ってしまい、"貧困ビジネス"を根絶させるのは殆ど不可能と思えます。
"貧困ビジネス"の被害者に陥らない最も効果的な方法は、"貧困ビジネス"の実態を知ることで自分自身を守ることであり、その実態に迫った本書は、間違いなくその手助けとなる1冊です。
アルサラスの贖罪〈3〉善と悪の決戦
「アルサラスの贖罪」の最終巻のレビューです。
女神ドウェイア陣営と虚無の神ディヴァの陣営に分かれた国家間の戦争から舞台は変わって、教団間の主導権を巡る戦い、そして主人公アルサラスと宿敵ゲンドの最後の対決へと物語は進んでゆきます。
少し残念な点は、主人公の宿敵"ゲンド"を含めて、適役として登場する人物に感情移入できなかった部分です。
ゲンドたちが主人公たちと比べて強大な力を持っている訳でもなく、終始アルサラス側が優位に戦いを進めていった印象を受けます。
逆にアルサラスたちが絶対絶命のピンチに陥る場面があれば、もう少し緊迫した展開があったと思います。
最後に善が勝つという一元論的な展開は、良くも悪くも同著者の代表作である「ベルガリアード物語」と大差は感じられませんが、いわばファンタジー小説の王道でもあります。
訳者の技量もあるでしょうが、和訳されたファンタジー小説の中では圧倒的に読みやすい部類に入り、時間と場所を超越した設定を用いる手法がユニークという意味では、ファンタジー小説ファンとしては外せない作品と言えるのではないでしょうか。
アルサラスの贖罪〈2〉女王と軍人
引き続き「アルサラスの贖罪」の第2巻のレビューです。
主人公アルサラスは、女神ドウェイア扮する黒猫と一緒に虚無の神ディヴァに対抗するために、世界中を巡って共に戦う仲間を探索します。
そして優秀な戦士である"エリア"、都市国家を統治する女性領主の"アンディーヌ"、敬虔な神官の"ベイド"、天才的な頭脳を持つ孤児の"ゲール"、他人の心を読み取る特殊な能力を持つ"レイサ"といった個性豊かな人物が仲間に加わります。
一方で虚無の神であるディヴァの陣営にも様々な能力を持ったアルサラスの宿敵"ゲンド"を中心とした勢力が集結し、戦いの舞台は国家間を巻き込んだ戦争へと発展します。
それぞれの信じる神の陣営に属した国家間が戦争を行うといった設定は、ファンタジー小説では全く珍しくありませんが、この作品の一番の特徴は、時間と場所を超越できる<ドア>が存在することです。
<ドア>は望む時間と場所へ瞬時に移動することができ、個人だけでなく軍隊でさえも<ドア>を使用することが可能です。
こういった強力なアイテムを登場させると、物語のバランスを取るのが難しくなるのが普通ですが、<ドア>自体を出現させる能力を持ったキャラクターを限定させることと、敵味方両方に<ドア>を使える能力者を登場させることでバランスをうまくとります。
また相手の心を読み取る能力者も敵味方に存在するため、剣と魔法の戦いというよりも、お互いの戦略や謀略を駆使した、頭脳戦のような戦いが繰り広げられます。
緊迫する状況の中でも登場するキャラクターがどこか楽観的であり、またユーモアのセンス溢れる会話が物語全体を和ませている印象を受けます。
純粋なファンタジー小説を期待している読者にとっては、期待を裏切られる人もいると思いますが、ファンタジー世界を舞台としたSFっぽい小説として読むと、結構楽しめると思います。
最後まで展開が気になり、知らずのうちに最終巻(3巻)を手に取ってしまう面白いストーリーに仕上がっていると思います。
アルサラスの贖罪〈1〉黒猫の家
アメリカを代表するファンタジー小説作家ディヴィッド&リー・エディングス夫妻による作品です。
2人の代表作である「ベルガリアード物語」、「マロリオン物語」は世界的に有名なファンタジー小説であり、世界観・ストーリー共に完成度の高い誰にでもお奨めできる作品です。
本作「アルサラスの贖罪」は、主人公である腕利きの泥棒のアルサラスが謎の男に<世界の果ての家>にある"本"を盗み出す仕事の依頼を受け、そこで黒猫に姿を変えた女神ドウェイアと出会うところから物語が始まります。
作品全体で1200ページ以上の分量ありながらもディヴィッド&リー・エディングスの作品としては短い部類に入るため、世界設定や神話、宗教に関する細かい説明は殆ど登場せず、非常に大雑把な印象を受けました。
それだけにキャラクター中心で物語が進んでゆき、テンポを重要視した作品であると言えます。
アルサラスは泥棒としての腕も確かですが、それ以上に詐欺師としての話術に優れているキャラクターであり、通常のファンタジー小説では脇役であるムードメーカー的な個性の強いキャラクターをあえて主人公に設定したのは面白い手法です。
メービウスの環〈下〉
全作品の累計部数が2億以上という、世界的な作家ロバート・ラドラム氏の「メービウスの環」下巻のレビューです。
上巻から引き続き、たった1人で目的すら不明の謎の組織に立ち向かう主人公のジャンソンは、かつては(=上巻で登場した時には)敵であったスナイパーを相棒として受け入れます。
月並みに言えばヒロインの登場ですが、彼女もかつて自分自身が所属していた組織(国務省特殊部隊)に疑問を抱きジャンソンと行動を共にするようになります。
2人の地道な探索により少しずつ敵の全貌が明らかになりつつなりますが、その正体はジャンソンの過去にも深い関わりを持っており、「メービウス計画」の名の元に全ての謎が必然的に結びついてゆきます。
前半は主人公のジャンソンと同じく、深まる謎に読者も少々ストレスを感じてしまいますが、その背景には一環した作者の政治的なメッセージが込められています。
そして後半は一気に物語が進行してゆき、上巻のはじめのようにテンポよくストーリーが進んでゆきます。 後半は展開を急ぎ過ぎた感じがありますが、クライマックスとしたは躍動感があり、悪くはありません。
単に面白いストーリーだけでは飽きられてしまい、これだけ長く世界的にラドラムの作品が読まれることは無かったと思います。
ラドラム自身はアメリカ人であり、彼の半生はアメリカの全盛期とも重なりますが、超大国アメリカの覇権、そして全世界へ対してその価値観を押し付ける姿勢がやがて重大な問題を招きかねないという危機感を抱いていており、その政治的な視点が本作品の各所に盛り込まれています。
本作品が「アメリカ同時多発テロ事件」発生以前に書かれながらも、その可能性を示唆した内容であるというのは有名ですが、本作品が単なるスパイ小説ではなく、世界中の様々な民族、そして国家が持っているイデオロギーを冷静に観察し続けたラドラムの視点が生かされている内容であると言えます。
メービウスの環〈上〉
アメリカを代表するスパイ小説家であるロバート・ラドラム氏の作品です。
残念ながらラドラム自身は2001年に亡くなっていますが、代表作の「暗殺者」シリーズは映画「ボーン・アイデンティティ」の原作にもなっており、本書はラドラムの最晩年の作品です。
物語は元国務省特殊部隊に所属していた主人公のポール・ジャンソンが、テロリストに拘束され処刑宣言を受けた世界的な富豪であり慈善活動家でもあるピーター・ノバックを秘密裏に救出する仕事を依頼されるところから始まります。
主人公のジャンソンはプロ中のプロであり、ストイックで冷静で頭脳明晰、そして感情に流されず強い意志でどんな困難に遭遇してもミッションを成し遂げる理想的な特殊部隊員です。
ありがちなストーリー展開と主人公の設定には、スパイ小説の使い古しの感じを受けますが、言い方を換えれば「王道」とも言えます。そして「王道」なればこそ作家の技量が試されるものですが、ラドラムは緊迫した極限状態の人間の心理を繊細に描きつつも、スピード感を損なわないストーリー展開で読者を飽きさせません。
そしていつの間にか物語は急展開を見せ、主人公のジャンソンを本来のミッション以上に大きな陰謀に巻き込んでゆきます。
次第にジャンソンは、たった1人で強大な姿の見えない組織と全世界を舞台に戦いを繰り広げる事になります。
「なぜ自分は命を狙われているのか?」
「敵は何者なのか?そもそも敵の目的は何なのか?」
「味方(敵の敵)はいるのか?」
長編大作ということもありますが、前半はこういった要素が全て不明なまま物語が進んでゆきます。 ここにも分かり易いストーリーで読者を油断させておいて、一気にミステリー化してしまう極端な温度差の手法にはやはり著者の技量の高さ感じます。
派手な戦闘シーンのスリリングさと、推理小説のような読者の想像を掻き立てる要素が詰まった、ラドラム晩年の作品でありながらも、その内容に衰えが感じられない代表作の1つであることは間違いありません。
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