レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

メービウスの環〈上〉

メービウスの環〈上〉 (新潮文庫)

アメリカを代表するスパイ小説家であるロバート・ラドラム氏の作品です。

残念ながらラドラム自身は2001年に亡くなっていますが、代表作の「暗殺者」シリーズは映画「ボーン・アイデンティティ」の原作にもなっており、本書はラドラムの最晩年の作品です。

物語は元国務省特殊部隊に所属していた主人公のポール・ジャンソンが、テロリストに拘束され処刑宣言を受けた世界的な富豪であり慈善活動家でもあるピーター・ノバックを秘密裏に救出する仕事を依頼されるところから始まります。

主人公のジャンソンはプロ中のプロであり、ストイックで冷静で頭脳明晰、そして感情に流されず強い意志でどんな困難に遭遇してもミッションを成し遂げる理想的な特殊部隊員です。


ありがちなストーリー展開と主人公の設定には、スパイ小説の使い古しの感じを受けますが、言い方を換えれば「王道」とも言えます。そして「王道」なればこそ作家の技量が試されるものですが、ラドラムは緊迫した極限状態の人間の心理を繊細に描きつつも、スピード感を損なわないストーリー展開で読者を飽きさせません。


そしていつの間にか物語は急展開を見せ、主人公のジャンソンを本来のミッション以上に大きな陰謀に巻き込んでゆきます。
次第にジャンソンは、たった1人で強大な姿の見えない組織と全世界を舞台に戦いを繰り広げる事になります。


「なぜ自分は命を狙われているのか?」
「敵は何者なのか?そもそも敵の目的は何なのか?」
「味方(敵の敵)はいるのか?」


長編大作ということもありますが、前半はこういった要素が全て不明なまま物語が進んでゆきます。 ここにも分かり易いストーリーで読者を油断させておいて、一気にミステリー化してしまう極端な温度差の手法にはやはり著者の技量の高さ感じます。


派手な戦闘シーンのスリリングさと、推理小説のような読者の想像を掻き立てる要素が詰まった、ラドラム晩年の作品でありながらも、その内容に衰えが感じられない代表作の1つであることは間違いありません。