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歳月(上)

新装版 歳月(上) (講談社文庫)

佐賀藩士として生まれ、明治維新後は司法卿・参議を務め、その後「佐賀の乱」の首謀者となった"江藤新平"を主人公とした歴史小説です。

著者の司馬遼太郎は、歴史上の人物を地域の風土に根ざした性質と結びつけて描くことが多いですが、この小説での江藤は勤勉で理論好き、そして頑固な一面がある典型的な佐賀人として描かれています。

当時の佐賀藩には"弘道館"という教育水準の極めて高い藩校があり、そこの出身者である江藤新平は秀才でもあります。

さらに個性を決定付けるものに生い立ちなどの要素がありますが、江藤は極めて貧窮した家庭で生まれ育っています。成人してからも脱藩の罪により、その生活は苦しい時代が続きます。

維新が達成される寸前のタイミングで罪を解かれますが、二重鎖国という独自の政策により外部からの情報を持たない佐賀藩にとって、脱藩を経験している江藤の存在は貴重であるという背景があり、一気に藩の代表として活躍を始めます。

やがて新政府に出仕し、そこで法律を整備する司法卿のトップへと就任するや否や次々と近代的な法律の整備に着手します。

幕末における江藤の活躍期間は短いものであり、また外国語を学ぶ機会や留学を経験が無かったにも関わらず、江戸時代(封建時代)の弊害を次々と改革し、政府要人の汚職を徹底的に摘発してゆきます。


江藤には物事の原理・原則を本質的に理解する天性の才能があり、明治維新という変革に活動家として参加した人物が殆どを占める新政府の中で、その実務能力は重宝されることになります。

言い方を換えれば、多くの人物が維新におけるその功績によって地位を得たのと違い、江藤は純粋にその能力の高さを評価されたのです。


江藤は理論の信奉者であるがゆえに議論で負けることはなくとも、権謀術数が渦巻く幕末を生き抜いた大久保利通岩倉具視 といった海千山千の人物と比べてあまりにも純粋であり、政治工作やロビー活動には無頓着な一面がありました。


薩摩藩や長州藩といった維新の原動力となった主流派に対して常に対抗心を持っており、汚職事件の摘発で山形有朋井上馨をほとんど追放にまで追い詰めた江藤の立場は微妙なものでした。


その背景には対抗心の他にも貧しい境遇で育ってきた、江藤自身の正義を貫くといった気概を感じます。


やがて主流派の中にも政治方針に軋轢が生まれ、征韓論を唱える西郷隆盛に同調するようになった頃から江藤の運命も大きく動き出すことになります。