王妃マリー・アントワネット〈下〉
引き続き、遠藤周作氏の小説「王妃マリー・アントワネット」をレビューしてゆきます。
本作品では彼女にまつわる歴史上のエピソードがかなり網羅されており、著者なりの解釈を加えてかなり詳細に描かれています。
例えば夫の父であるルイ15世の愛寵デュ・バリー夫人との確執、首飾り事件(詐欺事件)、ヴァレンヌ事件、スウェーデンの貴族フェルセンとの決して結ばれることのない愛などです。
外から見ると綺羅びやかなヴェルサイユの生活であっても、その内部では様々な人間の思惑や陰謀が見え隠れする混沌とした世界であることが分かります。
そしてこの物語では、マルグリットというもう1人の主人公ともいうべき女性が登場します。
孤児院で育てられた経歴を持ち、困窮した生活から抜け出すためにパリで娼婦として働くという設定ですが、彼女の内面には庶民を虐げる貴族たち、とりわけその象徴ともいえるべきマリー・アントワネットを激しく憎む心が潜んでいます。
この対照的な2人を互いに織り込むように物語を展開する構成力は、読者を飽きさせません。
(実際のこの2人がどのように交わるかは本書を読んでからのお楽しみです)
貴族たちの圧政から逃れるために王室を打倒し、自由を勝ち取る市民たちの姿。そして指導者からの扇動により、特には凶暴化する民衆たちの心理。
その民衆の心理を体現化する存在として、マルグリットが描かれているように思えます。
何不自由なく生きてきたマリー・アントワネットは革命で囚われの身になってからは、往年の美しさも消え、孤独でみずほらしい姿で幽閉されることになります。
様々な心境の変化を経ながら、王妃の威厳を失わずに最期を迎えるに至った繊細な心理描写は是非読んで欲しいところです。