レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

侍 (新潮文庫)

伊達政宗の命令により、エスパーニャ王国(スペイン)、そしてローマへ派遣された支倉常長をモチーフとして書かれた歴史小説です。

一般的には、慶長遣欧使節団として知られています。

主人公は"長谷倉六右衛門"という紹介がありますが、物語の大部分では"侍"として三人称で書かれているのが印象的です。

伊達家の家臣として東北の片田舎の領主である"侍"が、ある日突然ヨーロッパへ渡り通商契を取り付けてくることを命じられます。

これが合戦であれば侍にとって本来の仕事になりますが、外国への使者という命令に戸惑いを隠せません。

スペイン語を理解しているわけでもなく世界情勢にも疎い一介の侍が、大海原を渡ってヨーロッパまで遣わさせる姿は、名誉ある使命や未知の大冒険といった雰囲気は微塵も漂っていません。

侍の心境は、郷土を離れ未知の土地へ赴く不安、そして任務の重圧といったものに占められており、残念ながらそれは現実のものとなります。

武士たちを率いる宣教師ベラスコは日本語に堪能であり、キリスト教の布教にも熱心ですが、一方で教会での高い地位を密かに狙っている野心的な側面を持っている人物です。

つまり武士たちは教会内部での勢力争いに政治的に利用され、もとより海外の言語や風習に通じていない彼らに抗う術はありませんでした。

遣欧使節団の武士たちは異国の地で彼らと交渉するために形だけとはいえ洗礼を受けキリスト教徒となりますが、彼らがヨーロッパへ派遣されている間にキリスト教は邪宗とされる政策が決定してしまいます。

つまり徳川幕府による鎖国政策の一環として、禁教令が布かれます。

侍たち一行の使節団は目的を果たすどころか、数年の渡航を経て帰国してみれば邪宗を崇める者として非難される現実が待ち受けていました。

本作品の著者である遠藤周作はキリスト教信者として知られていますが、決してキリスト教(特にローマ教皇庁を中心とした組織)を擁護した書き方はしていません。

むしろ侍や宣教師ベラスコといった組織の歯車として利用され、そして捨てられていった人間たちの悲哀を描いているといえます。