レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

さざなみ軍記・ジョン万次郎漂流記



本書には井伏鱒二氏の歴史小説が3編収められています。

  • さざなみ軍記
  • ジョン万次郎漂流記
  • 二つの話

はじめの「さざなみ軍記」は「平家物語」を題材にしています。

木曽義仲の入京により都から西へ落ち延びる平家一行。
その中の若き公家が陣中で綴り続けた軍記を現代語に訳して掲載するといった体裁をとった小説です。

この公家は三位中将(平重衡)の息子として登場しますが、ともかく平氏有数の勢力を誇った家で育った少年が、都を脱出せざるを得ない境遇に転落する中で、彼らを護衛し、また再起を図ろうとする武士たちと行動を共にしてゆく過程で人間的に成長してゆく過程が描かれています。

実戦を経験したことのない少年が身分上の関係で武士たちを指揮しなければならない状況となり、はじめは軍からの脱走さえ考えていると日記の中で告白しています。

しかし聡明な少年は、自分たちが時代の流れに取り残され没落しつつある階級であることを自覚しながらも歴戦の侍大将(小豪族の頭領)たちの勇敢さ、知恵を目の当たりにする中で、少しずつ成長してゆくのです。

読者が、戦乱の時代に書き残された日記から少年の成長を感じてゆくという、歴史小説としては斬新な試みで書かれているお薦めの作品です。


続いての「ジョン万次郎漂流記」は一転してオーソドックスな歴史小説の手法で書かれています。

つまり残された資料を丹念に追い、不明な部分のみを著者の想像力で埋めてゆく方法です。

贅肉を削ぎ落とした無駄のない構成であり、わずか100ページの中にジョン万次郎の生涯を余すことなく書き綴ったという印象があります。

ジョン万次郎の生涯を小説を通じて知りたい人であれば、本作品を読むだけで充分だと言えます。


最後の「二つの話」は著者が2人の少年と共に、過去へタイムスリップするという面白い構成をとっています。

SFと童話と歴史小説が入り混じったような雰囲気があり、終戦直後に執筆された背景を考えると、疎開先から東京へ戻ってきた著者の、重苦しさから解放された自由な心境が作品に反映されているのかも知れません。


どの作品も個性的で味わいがあり、文豪・井伏鱒二氏の歴史小説がコンパクトに文庫本にまとまった贅沢な1冊です。