赤と黒 (上)
日本のみならず世界的に大きな影響を与えたフランス文学。
そのフランス文学の中でも最高傑作の1つに挙げられるのが1830年に発表された本書スタンダールの「赤と黒」です。
文庫本にしても800ページにも及ぶ長編ですが、この作品には多くの要素が含まれています。
まず挙げられるのが、美しき青年ジュリヤンとレーナル夫人、そしてラ・モール嬢との愛を描いた恋愛小説としての要素、そして彼女たちをとりまく貴族階層や聖職者たちの暮らしや処世術を社会風刺小説として描いた側面、さらに製材屋の息子として生まれたジュリヤンが、野心を心に秘めながらフランスの片田舎からパリへと上京し権謀術数の中で立身出世してゆく小説として読むことができます。
多く要素を詰め込むことで作品全体の焦点がぼやけてしまい、印象に残らない小説になってしまう危険性がありますが、この「赤と黒」はどの要素も高いレベルで完成されています。
身分が低く何の後ろ盾も持たないジュリヤンは、地方の有力者であるレーナル夫人の3人の子どもたちの家庭教師として住み込むことになりますが、そこから身分の違いという理由以前に不倫という禁断の恋愛に発展してゆき、続いてラ・モール伯爵の秘書として有能な活躍するジュリアンと彼の愛娘との恋は、父親が有力貴族との政略結婚を望んでいる中での裏切り行為になってしまうというジレンマを抱えています。
そこで描かれる葛藤や恋の駆け引きは、当時の主な読者層であるご婦人方でなくともドキドキハラハラなくしては読めなかったでしょう。
この小説が執筆・発表された時期は1814年~1830年の王政復古の時期にあたり、ここで描かれる有力者へ対する痛烈な社会風刺は、もはや風刺のレベルに留まらずスタンダール自身の政治的主張までもが垣間見れる過激な内容になっています。
立身出世を企む主人公ジュリヤンは、貴族や高位にある聖職者へ憧れを抱くのではなく、徹底的に彼らを軽蔑し嫌悪しながらも利用しようとするのです。
フランスにおける絶対君主制の崩壊、フランス革命、それに続くナポレオンの台頭と失脚の末に訪れた王政復古は、世界史の中でもっとも受験生を悩ませる複雑な時期でもあり、当時の社会的、政治的な停滞を小説を通じて鋭く観察している点は、本書が不朽の名作と評される大きな要素となっているはずです。
私自身が文学史に詳しい訳ではありませんが、ともかく18世紀前半に書かれた小説が、21世紀の読者を楽しませてくれるという点だけでも読む価値があります。