下天を謀る〈下〉
藤堂高虎の生涯を描いた歴史小説「下天を謀る」の下巻レビューです。
人生に8度も主君を変えたといわれるだけあって、高虎の実像は分かりにくい側面があります。
傍目からは、常に強い方へ鞍替えを続けた世渡り上手という見方ができますが、それだけの男であれば家康から絶大な信頼を得て32万石もの大名にまで出世はできません。
たとえ有能であっても、いつ裏切るか分からない武将を側に置いておくほど家康は甘い男ではないからです。
本作品で高虎の運命を変えた人物として登場するのが、牢人暮らしをしていた高虎を見い出して召し抱えた羽柴秀長です。
秀長は秀吉の弟として軍事のみならず内政にも手腕を発揮した温厚な人物として知られますが、武力一辺倒だった高虎を文武両道の武将として成長させてくれた恩人になったのです。
秀吉政権下で朝鮮出兵(文禄・慶長の役)へ反対していた秀長でしたが、その直前に病死するという不幸に見舞われます。
さらにその後を継いだ養子の秀保も早世してしまい、秀長の家系(大和豊臣家)はあっけなく断絶してしまいます。
高虎は豊臣家直系の大名として取り立てられますが、亡き主人・秀長と行動を共にしていた千利休や豊臣秀次らが次々と切腹を命じられるに至り、豊臣政権へ対して高虎自身の心も離れてゆきます。
これが秀吉の死後、豊臣家で重宝されている大名(徳川家から見た外様大名)にも関わらず、いち早く家康へ味方することになるのです。
高虎が損得勘定だけの人間でなかったことは、関ヶ原の戦い、大阪の陣でも激闘を繰り広げ、体中隙間がないほど戦場傷に覆われていたというエピソードからも分かります。
戦場での功名を追いかけてきた高虎が、どういう遍歴を辿って天下を宰領を補佐するまでに至ったのか。
長編小説ということもあり実績だけではなく、その内面的な変化についても細かく描写されています。
藤堂高虎の新しい人物像を開拓したスケールの大きな歴史小説として、戦国時代ファンなら是非抑えておきたい作品です。