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山怪 参


山にまつわる怪奇現象のエピソードを紹介してゆく田中康弘氏の「山怪」シリーズ第3弾です。

遠野物語の現代版ともいえる本シリーズですが、決定的に異なるのは岩手県の遠野地方だけでなく、取材範囲を日本全体にまで広げているという部分でしょうか。

過疎化と高齢化が進み、山を生活の場として暮らす人々が昔と比べて減ってゆく中で、先祖代々語り継がれてきた独自の(禁忌のような)ルールや風習が失われつつあります。

それだけに著者が現在進行系で収集している民話は、民俗学的にも貴重な財産となっていることは疑いようがありません。

本書も全2作と同じく、ひたすら取材の中で収集した山にまつわる不思議な話を掲載してゆくという形をとっています。言い方を変えれば、どのシリーズから読んでも同じように楽しむことができます。

読む人によってはその構成を単調と感じる人がいるかも知れませんが、私は取材した内容を誇張せず淡々と掲載してゆくこのスタイルが好きで、本シリーズのファンなのです。


多くのエピソードに触れてゆくと、民族や地域ごとに山で起こる怪奇の系統(?)が異なってくる点は興味深いです。

例えば北海道では山で不思議な体験をしたエピソードを聞ける確率が低いようです。
また原住民であるアイヌ人は山や森を神の住む領域であると考え、そこに(悪霊や妖怪のような)悪意を持ったや未知の何かが存在するとは考えず、不思議な出来事はすべて神が授けてくれたものだと解釈するようです。

一方で海峡を1つ隔てた東北地方の北部は、狐火や人魂、大蛇などの目撃談の多い、いわば日本でもっとも山怪エピソードを収集できる濃厚な地域だというから不思議です。

また動物にまつわる怪奇譚は、東北地方では狐の独壇場であり、狸が人を化かすという逸話は西日本ほど多くなる傾向があるようです。


著者にはいつか収集したエピソードの集大成として、さまざまな方向からエピソードを再検証していただき、地域ごとの特色などを統計的に分析した本を出版してもらいたいと期待しています。
たとえば狩猟方法も地域ごとに特徴があるそうですが、そこからは山の民(マタギ集団)の系統も見えてくるはずです。


最初の方にも書いた通り、日本国土の7割は森林でありながらも、森林とともに生活する人々が減少傾向にあります。
これは我々日本人の先祖が代々受け継いできた自然へ対する"知恵"や"畏敬の念"を失いつつあることをも意味しています。

本シリーズがベストセラーになることで、登山とは違った観点で自然への興味が集まることは決して悪いことではないはずです。