レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

山の怪談


田中康弘氏の「山怪」シリーズに影響されてタイトルだけを見て思わず手にとった本です。

もちろん山にまつわる怪談集だと思ったのですが、実際には20人もの民俗学者、作家、登山家、随筆家のアンソロジー本です。

その時代も幅広く明治~平成といた範囲で、編集者のセンスと好みで収集されています。

実際に読んでみると怪談だけでなく、柳田国男高橋文太郎といった民俗学者としての立場から民話を解説したものから、山とはあまり関係ないと思われる幽霊ばなし、短編小説などが掲載されていたりと読み始めてから戸惑いがあったのが正直な感想です。

もちろん中には登山家が体験した正真正銘の"山の怪談"も掲載されていますが、全体的にはアンソロジーとしてまとまりがないように感じました。

しかし本書に掲載されている1つ1つの作品は完成度の高いものであり、途中から雑誌の特集記事の切り抜きを読むような感覚に切り替えてからは楽しく読むことができました。

数多くの作品の中で個人的に興味深かったのは、世間的にはあまり知られていない郷土研究家、民俗学者である小池直太朗氏による「貉の怪異」という"ムジナ"にまつわる民話を扱ったものです。

山で人を化かしたり驚かせる動物といえば狐や狸が定番ですが、信州ではムジナにまつわる民話が数多く残されているそうです。

山暮らしの経験がない人にとって"ムジナ"という名称は聞いたことはあっても馴染のある名前ではありません。

実際、「ムジナ=アナグマ」という認識が一般的ですが、狸やハクビシンをムジナと呼んだり、そのいずれにも当てはまらない独自の動物だったりと地域によって異なるようです。

ともかく昔から日本人にとって馴染みのあるはずの"ムジナ"が実は正体が定かではなく、人に化けたり、寒林で木を伐る音を真似たり、さらに小川で小豆を洗う音を立てたりという伝承が多く残っているという話は興味深く印象に残っています。