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小さき者へ


重松清氏の作品が6編収められている文庫本です。

著者は本書のあとがきの中で
「どれも、急な坂道の途中にたたずむひとたちを主人公にしている」
と解説しています。

もちろん"坂道"とは例えであり、人生における大きな困難に直面した人たちが主人公であると言い換えれば分かりやすいでしょうか。

いずれにせよ作品中で彼ら(彼女)らが経験する坂道は、"家族"という身近な存在を舞台にしているだけに、より一層読者にとって身近に考えさせられるストーリーになっています。

また重松氏にとって"家族"をテーマにした作品はもっとも得意とするところであり、とくに息子や娘を持つ父親の心理描写は、同じ立場にある読者の胸を締め付けるようなリアルがあります。


"人生の坂道"を描いているだけに作品中の雰囲気は決して明るいものではありませんが、一方で"暗い絶望感"を感じさせるものでもありません。

その理由は誰しもが直面しうる坂道を前に、時に呆然としつつも坂道を越えようと1歩ずつ踏み出す主人公たちの姿を丁寧に描いているからです。

本書は人生における問題対処のノウハウ本ではなく、あくまでリアルな人生を描こうとした小説です。

そのため決して鮮やかな解決方法が登場したり、急展開のハッピーエンドを迎えるような予定調和の物語はありません。

読者は主人公たちへ時にもどかしく、時に応援したくなる気持ちで読み進めてゆくのです。

そしてそこで得られるのは、自分と似ている平凡な人たちが苦しみ悩みながらも次の一歩を踏み出そうとしている姿への共感に他なりません。