帰郷
正確には分かりませんが、どうやら戦後70年を意識して出版された浅田次郎氏の短編集のようです。
本書の収録に合わせて執筆された作品もあれば、以前の作品も混じっていますが、いずれにしても戦争をテーマにした短編が6編収録されています。
- 帰郷(2015年)
- 鉄の沈黙(2002年)
- 夜の遊園地(2016年)
- 不寝番(2016年)
- 金鵄のもとに(2002年)
- 無言歌(2016年)
1つの分類方法として戦争文学には、戦争経験世代、戦後第一世代、戦後第二世代と作家を年代ごとに区分する方法があります。
浅田氏は両親が戦争経験者であるため戦後第一世代、いわゆる団塊世代の作家ですが、戦争の傷跡が残る風景を眺め、乏しい食糧で空腹に耐えた幼少時代を過ごした世代です。
つまり間接的に戦争を体験している世代であるといえます。
戦争文学へのアプローチという点では、事実を忠実に伝えることを重視する方法、ストーリーを重視する方法がありますが、著者の作風は完全に後者であるといえるでしょう。
たとえば「鉄の沈黙」は、孤立無援となったニューギニアの小さな岬を守備する小隊を舞台にした作品ですが、たった1基の八八式高射砲で連日に渡り飛来してくるB24爆撃機を迎撃するという絶望的な状況下にあります。
この状況ではアメリカへ投降する以外に生き残る術はありませんが、彼らはあくまでも最期まで戦い抜く選択をします。
つまり彼らが生還する可能性はゼロですが、事実(体験談)を重視するならば生き残った兵士がいない戦場を舞台にした小説は書けません。
またストーリーテラーとして知られる浅田氏の作品には、読者の感情を揺さぶる魅力があり、本書では戦争をテーマにしているだけに切なさや哀しさを感じる作品が多いようです。
絶体絶命の場面で奇跡の生還を果たすといった都合のよい展開はありませんが、浅田氏の作品に絶望のまま終焉を迎える作品というのは似つかわしくありません。
どこか作品を読み終わった後の気分は悪くなく、何ともいえない余韻が残ります。
それは戦争の悲惨だけを強調するだけでなく、そこで懸命に生きてきた人間たちのドラマを描き出そうとしているからだと思います。
本書に限らず浅田氏にはもともと戦争を題材とした作品が多く、ファンであればテーマを意識せずとも充分に本書を楽しむことができるでしょう。