北海タイムス物語
1990年。
早稲田大学を卒業した主人公・野々村巡洋は、北海道の新聞社である北海タイムスに新卒として入社します。
地方紙とはいえ新聞社といえばエリートという印象がありますが、この北海タイムスは違いしました。
苛酷な労働環境、安い給料、という今でいえば完全なブラック企業だったことを野々村は入社してからはじめて知ることになるのです。
全国紙の影響で部数を減らし経営が悪化しつつある北海タイムスの社員は、他紙の倍の仕事をこなしながらも給料は7分の1という悲惨な待遇でした。
北海タイムスはかつて実在していた新聞社(現在は倒産)でしたが、著者の増田俊也氏自身がかつて在籍していた会社でもあり、いわば私小説という側面も持っています。
そのため当時の本社ビルのレイアウトから、新聞が製作されるまでの怒号が飛び交う現場の緊迫感が作品から伝わってきます。
主人公の野々村を見ていると、自分が新入社員だった頃を思い出さずにはいられません。
右も左も分からない中で戸惑う様子、先輩や同僚たちの個性的な性格を少しずつ理解してゆく過程、おまけに給料日前に懐が寂しくなって空腹に耐えた過去など私自身と主人公の経験に共通するものもあり、自然と感情移入してしまいます。
更に加えると、今では少なくなった連日の酒席という思い出も主人公と共通する部分があります。
主人公の他にも登場する社員たちはどれも個性的であり、それぞれの葛藤を抱えながら北海タイムスで働いています。
彼らの小さな物語が一見するとバラバラに同時進行しているようで、最終的には調和しながら本作品を構成しています。
誤解して欲しくないのは、本作品はブラック企業の内情を告発した内容でもなければ、逆に称賛する意図がある訳でもありません。
北海タイムスという会社で働く人たちの喜怒哀楽と著者自身が経験した濃い経験の日々を、振り返って小説化したに過ぎません。
著者の学生時代を舞台にした七帝柔道記を読んだ時にも感じたことですが、著者の描く主人公がさまざまな挫折を繰り返しながら成長してゆく青春小説は、多くの読者を夢中にさせることは間違いありません。