欧州分裂クライシス
EU(欧州連合)は第二次世界大戦への反省から生まれた価値共同体であり、その前身であるECSC(欧州石炭鉄鋼共同体)から数えると70年の歴史を持っています。
特に2000年代初頭には共通通貨ユーロを導入し、ユーロ域内における市民の移動の自由が保証されます。
加盟国の市民が自国内と同じように他の加盟国へ自由に移住して就職することが可能になりました。
まさに人類の叡智が作り出した共同体であり、世界中から注目を浴びた時期がありますが、そんなEUにおける将来の見通しが不透明になりつつある現状をドイツに30年在住している熊谷徹氏がレポートしたのが本書です。
EUの先行きが不安になっている要因はポピュリズム革命にあると著者は主張しています。
聞き慣れない言葉ですが、著者によれば社会を「民衆」と「腐敗したエリート」に二分し、所得格差の拡大、難民問題、重厚長大産業の衰退といった市民の不満を栄養にして、政治体制の打倒・変革を目指す動きであると解説しています。
このポピュリズム革命の動きがもっとも早く現れた国がイギリスです。 周知の通り2020年1月31日にイギリスはEUを離脱(ブレグジット)しましたが、これは前任のキャメロンとは正反対の熱心なプレグジット推進派であるボリス・ジョンソン首相によって主導されたといえます。
またEU離脱キャンペーンを推し進めてきたもう1人の人物が、ブレグジット党首のファラージです。
彼らはEUへの拠出金による財政負担の増大、移民受け入れによる雇用や治安の問題を取り上げ、2016年の国民投票によってEU離脱が決定されたのです。
著者はここに2つの問題点を挙げています。
1つ目は離脱派ポピュリストたちはデマや誇張した主張をSNSなどに流布し、事実(ファクト)を軽視する傾向があるという点です。
つまり国民の不満や不安につけこみ、偽情報によって有権者の投票行動に大きな影響を与えたといいます。
2つ目はピュリストたちは既存の政治秩序の破壊には関心があるが、その壊した秩序を再構築したり新しい解決策を提示しないという点を挙げています。
批判のみで現政権を倒し、彼らが政権を奪取したときに建設的なビジョンを提言できるかはかなり不安です。
イギリスはEUで二番目に大きな経済パワーを持っており、その離脱はEUにとって大きな痛手になるのはもちろんですが、イギリス自身にもEUの広大な市場へ自由に参入できなくなるというデメリットがあり、グローバル化の恩恵を受けて成長してきたイギリスの経済成長力が今後低下してゆくという懸念が出ています。
そしてポピュリズム革命の津波は、EUの盟主であるドイツへも確実に押し寄せています。
2017年に右翼政党のAfDが一気に第三党となり、政治の勢力図が変わりつつあります。
やはり根本的な要因はイギリスと同様ですが、未だに根強い東西ドイツの経済格差、メルケル首相主導による積極的な難民を受け入れ政策による混乱など独自の事情もあります。
他にもフランス、ポーランド、ハンガリーにも同じ動きが見られることが紹介されており、さらにロシアによるポピュリストの支援といった動きも見られ、ヨーロッパ全域に渡って急速に危機が広がりつつあります。
2016年からアメリカの大統領となったトランプも、移民政策に関しては批判的であり、国際的な協調よりも自国ファーストを優先させる動きは知られています。
本書で触れられているポピュリズムという視点からの大きな国際政治の動きはニュース報道で殆ど触れられる機会がないにも関わらず、日本へ与える影響が甚大であることは間違いありません。
仮にEU分裂となった場合、戦争が再発するというシナリオが最悪のものであり、それを具体的にレポートし警告してくれる本書の存在は貴重であると同時に、もっと多くの日本人に読まれて欲しいと思う1冊です。