レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

世界最悪の旅



北極圏の遭難史においてはフランクリン隊がもっとも有名ですが、南極圏における遭難では本書で紹介されているスコット隊が知られています。

フランクリン隊は129名全員が死亡するという悲劇的な結果に終わり、生存者がいないためその全貌が未だに解明されていません。

一方、本書はスコット隊の一員であったチェリー・ガラードによって執筆されており、捜索によって遭難者の遺体を発見した本人でもあるため、その軌跡はほぼ明らかになっているといってよいでしょう。

ちなみにガラードは当時の極地探検をおもに指揮していた軍人ではなく、極地研究のために彼らに同行した動物学者でした。

本書は主に4部構成で成り立っています。

まず最初に古くは18世紀後半からはじまった南極探検の歴史について言及しています。
そこからは1910年にフランクリン隊がテラ・ノバ号で出港し、南極探検へ向かった時代背景が見えてきます。

そして次に1回目の越冬を経て著者を含めた3人が行った南極における5週間の探検の様子が紹介されます。

当然ですが、当時はGORE-TEXのような防水性に優れた素材は無く、また医療や保存食加工技術も未熟だった時代の極地探検がいかに過酷だったかが伝わってきます。

皮膚から出た汗は衣服の中で氷り体温を容赦なく奪い、おそるべき壊血病もこの時代は完全に克服できていませんでした。

タイトルにある"世界最悪の旅"とは、著者が経験したこの探検から名付けられたものです。

それから5ヶ月が経過し、いよいよフランクリン隊長を含めた5人が南極点を目指し、その帰路で全員が命を落としてしまった悲劇の一部始終が語られることになります。

著者のガラードはフランクリン隊長に先行して貯蔵所を設置するサポート役に回り、南極到達隊のメンバーではありませんでした。

そのためフランクリン隊の5人が遭難した際には捜索に参加し、テントの中で凍死したフランクリン隊長たちを発見することになります。

同行はしなかったガラードでしたが、遺留品として残されていた手記から悲劇の全貌が明らかになるのです。

最後にフランクリン隊長たちの遭難から、その原因や問題点を総括しています。
本書は遭難事故が発生した1911年から約10年の月日が流れた時点で発表されていることもあり、当事者のガラード自身も冷静に当時を振り返っています。

彼らが命を犠牲にしてまで学んだ教訓は、のちの南極探検に生かされたに違いなく、また生存者のガラードもそれを何よりも望んでいたのです。

ちなみに南極点到達はノルウェーのアムンセン隊がスコット隊に数週間先行する形で成し遂げています。

北西航路の開拓とともに極地探検のヒーローとなったアムンセンですが、この点でもガラードは競争に敗れたスコットを擁護する発言をしています。

それはアムンセン隊がひたすら南極点への到達だけを目指したのに対し、スコット隊はガラードが行ったようにペンギンなどの生物調査、南極の地質調査を主な目的として派遣された調査隊であり、南極点は複数ある目的の1つに過ぎなかったと言います。

それでもスコット隊が南極点を目指した背景には、地味な南極の研究調査だけでは思うようにスポンサーから資金が集まらず、南極点初到達という一般向けに分りやすい目標が必要だったという要因があり、どこか100年後の現代と似たような状況だったという点で興味深いです。

今から100年前の出来事だけに冒険ノンフィクションとしてはやや古典ですが、現代の私たちが読んでも極限状態に挑む人間たちの心理が伝わってくる名作です。