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兵士は起つ



ノンフィクション作家である杉山隆男氏は「兵士シリーズ」として長年に渡り自衛隊を題材とした作品を発表し続けています。

本書は3.11 東日本大震災で活動した自衛隊員たちの姿をノンフィクションとして発表した作品です。

当時は自衛隊の活躍が連日メディアで報道され続け、日本中がその存在に注目するきっかけとなりました。
その後も洪水などの自然災害でたびたび自衛隊が派遣され、迷彩服姿の自衛隊員が被災地で活動する姿に違和感を感じる人は少なくなったのではないでしょうか。

本書では自衛隊員1人1人の体験、そしてその心の声にフォーカスを当てたノンフィクション作品ならではの魅力が詰まっています。

震災が家族に及ぶ可能性があるにも関わらず、職場を離れることの出来ない人はそう多くはないと思います。

いざとなれば仕事よりも家族の安否確認を優先する人がほとんどでしょうし、それはまったく非難されることではありませんが、自衛隊においては震度6以上の地震が発生した場合に以下の行動基準が存在します。
別命なくば駐屯地に急行せよ

つまり職場はもちろん休日に自宅にいようが外出していようが、駐屯地へ向かうことが優先されるのです。
そしてこれは自衛官の服務宣誓に基づくものであることは明らかです。
「事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め、もって国民の負託に応える」

実際に自衛隊は真っ先に震災地へ入り、人命救助、同時に犠牲者となった遺体の回収任務に当たることになるのです。

本書には自らが津波に押し流されながらも、助けを求める人を救助する隊員、湖面のようになった町の中へゴムボートで漕ぎ出し人命救助を続ける隊員たちの体験が生々しく描写されています。

そして多くの隊員たちにとってはじめて体験することになるのが、瓦礫の中から遺体を見つけ出し、運び出すという任務です。

隊員たちは不眠不休に近い極限状態の中で、辛い気持ちを押し殺してひたむきに何体もの遺体を運び出し続けます。

そんな屈強な隊員たちでも子どもや親子の遺体には「こたえる」と言います。
まして自分に同じ年頃の子どもがいればなおさらです。

福島第一原発事故の現場へいち早く駆けつけた中央特殊武器防護隊、そして彼らとともに原子炉への海水投下や地上からの放水を行った第一ヘリコプター団も本書では紹介されています。

"特殊武器防護隊"とは、核・生物・化学兵器などを利用した無差別テロが起こった際に、いち早く現場に急行して除染などの作業を行う部隊のことです。

放射能という目に見えない脅威に国民が不安になっている中、正しい専門知識を身に付けたスペシャリストを現場へ派遣できるのは自衛隊だからこそといえます。

それでも何が起こるか分からない現場へ派遣される隊員を家から送り出す家族の気持ちは不安であり、そうしたエピソードも本書では触れられています。

自衛隊の活躍が大きく報道され、私も人命救助に従事する彼らをヒーローと称えることを否定しませんが、逆に自衛隊が目立つ状況だということは、それ相応の危機が起こっていることを意味し、彼らの存在が目立たない日常の方が私たちにとっても自衛隊員にとっても本望なのは言うまでありません。

本書ただひたすらに東日本大震災に際しての自衛隊の現実を描き出した作品であり、日本の防衛問題を論じたものではありません。

それでもその延長線上には、日本の有事、つまり国民に命の危機が訪れた時の自衛隊のあり方という問題が確実に存在するのです。