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深海の使者




第二次世界大戦において枢軸国(三国同盟)が連合国に敗れた要因の1つとして、同盟国間の連携が取れていなかった点が挙げられます。

特に主力となったヒトラー率いるドイツはヨーロッパ、北アフリカ、日本は太平洋全域、中国、東南アジアが主な戦場となり、作戦エリアが重なることはありませんした。

たとえばノルマンディー上陸作戦で連合国側が同じ戦場で大規模な連携をした例と比べると、対照的であるといえるでしょう。

しかし本作品からは大戦中において日本とドイツがまったく連携をしなかった訳ではなく、むしろ積極的に試みようとしたことが分かります。

まず陸路はドイツの交戦中であるソ連が横たわり、物資や兵器のやり取りをするのは不可能です。

そこで空路か海路の選択肢となりますが、空路は日本側が領空侵犯によって中立条約を結んでいるソ連を刺激することを恐れ、かつ当時の航空技術の限界もありイタリアとの間で1度成功しただけでした。

残るは海路となりますが、まず戦艦や巡洋艦ではアメリカやイギリスが優勢である大西洋を無事に航行するのは不可能であり、消去法として海中を航行できる潜水艦が唯一の手段となりました。

本書では戦時中に日本~ドイツ間で幾度となく行われた潜水艦による両国の軌跡がまとめられています。

インド洋を横切りアフリカ大陸を迂回して大西洋を北上するというルートですが、その距離は3万キロにも及び、片道で約3ヶ月間もの時間を要しました。

当時の潜水艦は艦内の空気を定期的に入れ替える必要があったため、連続して潜水できるのは1日が限界であり、かつ水中速度が遅いという技術的な課題がありました。

しかも第二次世界大戦からは電波探知機(レーダー)が本格的に導入され、広い海域であってもつねに敵に探知される可能性があり、かつ日本のこの分野の技術力は遅れをとっていました。

つまり唯一残された潜水艦によるドイツへの航行でさえも決死行となり、実際に無事に航行できた潜水艦よりも海底へ沈んでいった潜水艦の方が多いという悲劇的な結果となります。

斬新な視点で描かれた戦争小説であり、わずかに残った行動日誌や断片的な記録、生存者への取材を元に作品を完成させた吉村昭ならではの作品といえるでしょう。

航行中の出来事、艦内の様子が詳細に描かれているのはもちろん、その背景にある両国上層部の思惑についても丁寧に解説されており、壮大で完成度の高い長編小説になっています。

一方で本作品で触れられている詳細な航海の様子は、前述のように運良く任務を果たすことのできた一部の潜水艦の記録であり、大部分は多くの乗組員の命と一緒に暗黒の海底へ没してしまったことを考えると、何とも言えない気持ちになります。

本作品が発表されたのが昭和48年(1973年)であり、戦争から経過した月日を考えると、今後本作品のような戦争記録小説が生まれる可能性が無いのが残念です。

それだけに大切に後世へ読み継いでゆきたい作品です。