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ジャンル問わず気の向くまま読書しています。

マスクをするサル



過激なタイトルというのが第一印象です。
つまり最初は「コロナ禍においてマスクをしている間抜けをサル呼ばわりする」挑発的な評論家なのかと思いました。

しかし本書を読み始めると、すぐに著者の正高信男氏は霊長類学者、つまりサルの研究者であるため、侮蔑的な意味で"サル"という言葉を使う立場の人ではないことが分かります。

そして著者は医学の専門家ではないため、コロナウィルスそのものには言及していません。
あくまでもタイトルにある"マスク"を中心として、コロナ禍が人類へもたらす影響をユニークな視点から考察しています。

霊長類学に留まらず、人類学、社会学や心理学、文学など多様な視点からポスト・コロナを論じていますが、それをわかり易く要約すると次のようになります。
マスクを着けることに不自然さを感じなくなった時、それは下半身にはいた下着と同じものになるかもしれない。
その時、マスクなしに人目に晒されることに、今度は恥じらいを感じ始めるのではないかと推測される。

人類史全体から見れば下着を付け始めたのはごく最近の出来事ということになります。
そして時代とともに自らの身体の一部を人目から隠すための衣類・装飾品が増えているのは事実であり、著者が論じるように、そこにマスクが加わる可能性はゼロとは言い切れません。

また最近流行りの芸能人の不倫報道を意識した、性の解放といった話題にも言及しています。

倫理的、道徳的な観点から不倫は世間から非難されるべき行為とされていますが、その大前提にあるのが一夫一妻制です。

一方で数百万年前に人類の祖先が地球上に出現して以来、つい最近(紀元前5000~3000年頃)までは乱婚、つまり気の向くままに性交渉と営んできたといいます。

これは人類の生活スタイルが、狩猟採集生活から農耕・牧畜生活への様式へと変わっていたことに密接に関係しているといいます。

元々芸能人の不倫報道には関心がありませんが、人類学、歴史学という壮大なスケールから考察してゆくと、不倫が何だかちっぽけな問題に見えてくるから不思議です。

こうした内容を大雑把に総括するならば、歴史が進んでゆくに従い人間が構成する社会の仕組みは変容してゆき、制度やそこで生活する人間の心理も一緒に変化してゆくということです。

ただし本書はあくまでも一個人が、コロナが人類へ及ぼす影響は独自の視点から思案したものに過ぎなく、その主張を他者へ押し付けるといった性質の本ではありません。

コロナ禍で日常を窮屈だと感じている人が、手軽に知的好奇心を満たすための1冊として読んでみては如何でしょうか。