死について考える
『生と死』は、文学にとって永遠のテーマであるといえます。
このテーマに挑戦した作家は多いが、カトリック教徒である遠藤周作氏にはとりわけその傾向が強かった印象があります。
それは彼がカトリック教徒として自身の宗教観から作品を描いたこともありますが、何より自身が若い頃から何度か大病を患い生死の境をさまよった経験が大きいのではないでしょうか。
こうした経験を元に遠藤氏は「心あたたかな医療」キャンペーンを立ち上げ、実際に重病患者の立場に立った医療を広める活動を行っています。
また今から40年前には、当時国内では少なかった治療よりも緩和ケアを重視するホスピスの普及をエッセーや取材などで事あるごとに訴えかけていました。
本書はこうしたバックボーンを持つ著者が「死について考える」という直球テーマで執筆した随筆です。
本書に書かれていることは哲学的な話ではなく、極めて具体的です。
まず私自身に当てはめてみると、今は健康に不安はなく日常の中で死を考えることはほぼありません。
どちらかというと仕事や家族、その他生活のことで日々が過ぎてしまい、考える時間がないというのが正直なところです。
しかし自分が老いてゆき両親や自分の周りの同世代の人が亡くなり始めると、否が応でも死について意識せざるを得ないタイミングが来るでしょう。
著者は自分の知る作家たちの死に方についても紹介しています。
「死にたくない」とあがき苦しみながら死んだ人もいれば、周りに集まった人たちに別れの挨拶を済ませて眠るように亡くなった人もあり、人それぞれです。
著者は日本人は死に様が美しく、言い方を換えれば潔くなければらないという意識に縛られていると指摘し、別にジタバタあがいて心の奥にある死の恐怖や人間の弱さを見せてもよいと言い、さらに自身もそうなる可能性が大いにあると述べています。
著者は出版社からの依頼で「死について」を書く、つまり本書を執筆することを最初はためらったようであり、なるべくキリスト教談義になることを避けて本書を書き上げたといいます
そして実際に本書が出版されると入院生活を送っている人や、たとえ健康であっても高齢であまり先の長くない人たちに多く読まれ、心の安定を得るための一助となったようです。
自らの死に対して心の準備をすることをデス・エデュケーションと言い、長年連れ添ったパートナーなどとの死別の悲しみに備えた準備教育をグリーフ・エデュケーションと言うそうです。
心の準備は一朝一夕に出来るものではないないので、自分自身が健康なうちにこうした準備をしておくことが大切なのは言うまでもありません。
その手始めとしてせひ若い世代の人たちにも手に取っていただきたい1冊です。