レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

蒼き狼



東アジアの北にある広大な草原地帯(現代のモンゴル高原)には、古代より多くの遊牧民族が暮らしてきました。

時に遊牧民の中から強力な民族が台頭することがありましたが、基本的には広大な草原に点在する形で無数の民族が遊牧をしている状況でした。

しかしこの草原を統一するや否や中国(金)へ攻め入り、中央アジアから中東、東ヨーロッパにまで攻め入り、かつてない広大な版図を持つ帝国を築き上げたのが本書の主人公チンギス・カンです。

そのためチンギス・カンといえばアジアだけに留まらない世界的な英雄ですが、彼の生涯を(たとえば信長や家康のように)知っている人は少ないのではないでしょうか。

もっとも自分たちの歴史を文字で書き残す習慣を持たなかった遊牧民ということもあり、チンギス・カンの一代記として伝わっているのは彼の死後に編纂された「元朝秘史」くらいしか残されていません。

しかし前述したように世界的な英雄であるチンギス・カンを研究した人は東西を問わず存在し、これらの記録を併せて参考にして書き上げられたのが本書「蒼き狼」です。

彼の生まれた部族には次のような伝承がありました。
上天より命(みこと)ありて生まれたる蒼き狼ありき。その妻なる惨白き牝鹿ありき。大いなる湖を渡りて来ぬ。オノン河の源なるブルカン獄に営盤(いえい)して生まれたるバタチカンありき。

チンギス・カンは自らを蒼き狼の末裔だと信じ続け、草原を疾駆してその支配者たるべく奮闘するのです。

しかしその道のりは困難を極めるものであり、有力者であった父の死後に一族のがことごとく離反し、家族だけで外敵からの驚異にさらされながら暮らす日々が何年も続いたこともありました。

本作品の特徴は、チンギス・カンの一生が井上靖の叙事詩のような格調高い文章で一貫して執筆されていることであり、歴史小説というより壮大な英雄譚を読んでいるような気がしてきます。

まだ見ぬ敵を求めて地平線のさらなる先へと進み続けるチンギス・カンと彼と苦楽を共にしてきた武将たち、そして次世代の蒼き狼たる息子たちの姿が浮かぶようであり、かつて世界中を席巻した最強の騎馬民族の見果てぬロマンを感じさせる名作です。