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沢彦 (下)



美濃を統一して上洛を果たし、さらには浅井朝倉連合軍を姉川の戦いで打ち破り、上洛を目指した武田信玄が病没するなど危機を脱した信長ですが、その頃から信長の少年時代からの学問の師であり、参謀役でもあった沢彦との間に溝が出来るようになります。

それは比叡山の焼き討ち、長島や越前における一向一揆での老若男女を含めた信徒たちの虐殺(根絶やし)など、信長の統治者としての苛酷な手腕が目立ち始めたからです。

しかもそれは敵対する勢力だけでなく自らの家臣へも向けられました。

たとえば歴代の重臣であろうと、直近の成績が振るわなければ佐久間信盛父子のように容赦なく放逐され、残った家臣たちは休む暇なく必死に転戦を続け実績を出し続けるために必死だったのです。

民の命のいたわらず家臣を大切に扱わない信長を見て、沢彦は諫言しますが信長はまったく聞き入れようとせず、逆に彼を遠ざけてしまいます。

信長は古い権威や伝統的な風習にこだわらず、新しい時代を切り開いてゆく手腕にかけては天才的でしたが、彼の欠点といえるのが戦国時代であることを考慮しても冷酷過ぎるとう部分でした。

単純に言えば、信長はほかの戦国大名と比べて人の命を奪い過ぎていたのです。

そして信長に仕える家臣たちも信長へ対して尊敬よりも恐怖と緊張を抱いていたに違いありません。

そう考えると信長の最期は偶然ではなく、必然であったように思えます。

ストーリーの前半は、家督を継いだ後の不安定な立場にある信長と二人三脚で天下統一という大きな共通の夢へ向かってゆくという内容でしたが、それが現実として形になりつつなると信長は暴走を始め、沢彦の手を離れてゆくのです。

それからの沢彦は不幸にもかつて2人で抱いた夢を終わらせるために奔走するという悲しい展開となります。

壮大な歴史小説でありながらも、一組の師弟の生涯が描かれた作品であるとも言え、数多くの信長を描いた作品の中にあって独特のアプローチによって読者を楽しませてくれるエンターテイメントな作品に仕上がっています。