発酵―ミクロの巨人たちの神秘
農学博士である小泉武夫氏による発酵学入門の1冊です。
発酵といえば食品やお酒がすぐに思い浮かびますが、日本食にとっても発酵は絶対に欠かすことのできない要素です。
それは納豆や漬物といった定番の食品以前に、醤油や味噌といった発酵食品がなければ和食という分野自体が成り立たないからです。
世界的に見ても地域や民族ごとにさまざまな発酵食品が存在し、発酵が世界中の食文化を支えているといっても過言ではありません。
しかし本書で紹介されている"発酵"は食品の分野だけにとどまりません。
発酵が重要な役割を果たすのは、化学工業への原料供給、抗生物質やビタミン・ホルモン剤、消化酵素剤といった医薬品、自然界での環境浄化といった生活のあらゆる分野に及んでいます。
発酵によってある物質が人間にとって有用なまったく別の物質へと変わるという現象は、"神秘的"、"奇跡"、"魔法"といった言葉がお袈裟でないほど驚異的です。
そして発酵は、カビ、酵母、細菌によって行われます。
これらはいずれも顕微鏡でなければ観察できないミクロの世界の住人ですが、人類は太古の昔よりこの目に見えない微生物たちの効用を知って活用してきた歴史があります。
そして発酵の研究は今なお盛んであり、次々と新しい発見が続いています。
今まで発酵食品やお酒に関係あるといった程度で認識していた発酵の仕組みを知ることで、その世界の奥深さと重要性を知ることができます。
例えば発酵が無ければ食品のみならず、病気になったときの薬も入手できず、家庭や工場からの排水は浄化できないまま川や海の環境汚染を引き起こし、さらには洗剤など多くの化学製品の供給にも影響を及ぼします。
本書では近代に入ってからの発酵を利用したテクノロジーの解説のみならず、食をはじめとした日本文化における発酵を活用した歴史などにも詳しく言及されており、まさに発酵ずくしの1冊です。
本書は1989にはじめて発表されていますが、専門的な内容でありながらも今なお一般読者に読み続けられている発酵の啓蒙書なのです。