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宮本武蔵



宮本武蔵といえば吉川英治の作品が国民的人気を得たこともあり、この作品により武蔵のイメージが定着したと言っても過言ではありません。

それは私にとっても当てはまり、史実は別として叉八やお通、沢庵和尚、宝蔵院流槍術の創始者・胤栄(いんえい)や柳生石舟斎などといった吉川作品での登場人物も印象に残っています。

本作品は剣豪小説の第一人者である津本陽氏による宮本武蔵であり、本ブログでも津本氏の本を30冊以上紹介していることからも分かる通り、私は彼の作品のファンでもあります。

津本氏の作品の特徴として、著者自身が剣道や抜刀術の有段者であるためその描写から非常にリアリティが感じられることです。

また装飾的な文章を極力用いず、淡々とした力強い描写も特徴であり、いかにも武道に通じた人が執筆する文章という感じに個人的には好感が持てます。

いずれにせよ吉川作品を意識しながら本書を読むことになりますが、当然のように作品中には又八もお通も登場せず、武蔵が胤栄や石舟斎の元で修行をするといった場面もありません。

一方で著者は柳生兵庫助を主人公にした大作を発表しており、本作品との両方に二人が出会う場面がクロスオーバーして描かれており、これは逆に吉川作品にはなかった要素です。

両作品に共通するのは、武蔵が剣の道を極めるために悩み葛藤し、それを克服してゆく姿が描かれている点ですが、その過程や性格には違いが見られます。

吉川作品での武蔵は修行に専念するために煩悩を振り払おうと苦しむ描写が多いですが、津本作品の武蔵はどちらかというと自らの剣術を上達させる過程、つまり命のやり取りをする立会いで勝利得るために工夫する描写に重きが置かれていると感じました。

またいずれ自身が世間から最強の剣豪として認められたあかつきには、有名な大名にそれ相応の身分で召し抱えられたいという世俗的な願望も抱いています。

まさに剽悍という言葉がぴったりと当てはまるのが津本作品の武蔵であり、それが殺伐とした戦国時代を生き抜く一介の剣士の姿として実にマッチしています。

この2人の作品が発表された間隔は半世紀近くもあり、当然のように津本氏は吉川英治の作品を読んだ上で執筆しているはずですが、吉川作品の武蔵像を否定するのではなく、自分なら武蔵をこう書くといった気概が作品から感じられます。

吉川英治氏の作品が文庫本で8巻で出版されているのに対して津本氏の武蔵は文庫本1冊で出版されていますが、分量は400ページ以上あり充分な読み応えがあります。

是非とも津本陽版「宮本武蔵」がもっと多くの人に読まれ、吉川作品同様に世間に広まってほしいと思わずにはいられない作品の出来だと思います。