レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

海上の道



著者の柳田国男氏は日本民俗学の開祖として著名な方であり、本ブログでもその著書を何冊か紹介しています。

民俗学とは民族のルーツを突き止めることを目的とした学問であり、文献資料だけでなくフォークロア(古く伝わる風習や伝承)を重視するといった特徴があります。

本書「海上の道」は、晩年の柳田氏が取り組んだ研究の論文であり、そのため難解と感じる読者が多いかもしれません。

本書の要旨をまとめると、柳田は日本人のルーツとなった人たち、そして稲作文化が琉球諸島から黒潮に乗って北上し、日本列島各地に広がったという仮説を立てています。

民俗学の難しく、そして面白い点は、冒頭に書いた通り日本各地に残るフォークロアを収集し解析してゆく点であり、その際に史料は必ずしも重要ではありません。

なぜなら史料は時代の勝者、つまり権力者側の視点から書かれた文献であり、そこからは当時の民衆の生活が見えてこないからです。

そのためたとえば日本各地に残る方言から、かつてその言葉が持っていた語源と意味を探ってゆくという気の遠くなる作業が必要になります。

沖縄の方言にはかつて日本人が使っていた古い言葉、つまり大和言葉が多く残っていると言われます。

琉球をはじめとした沖縄地方の歴史を専門で研究する沖縄学という学問がありますが、柳田はそれを日本人全体のルーツを探るためのスケールの大きな研究として取り組みます。

現代でも宮中祭祀として執り行われている大嘗祭新嘗祭といった行事のルーツ、琉球人たちがはるか南に存在すると信じていた楽園ニライカナイと本州の仏教思想と結びついて同じくはるか南に存在する浄土とされた補陀落(ふだらく)を結び付けて考察するといった試みが行われています。

本書の解説を大江健三郎氏が行っているのも興味深い点です。
ご存知のように大江氏は小説家であり、専門家ではありませんが、彼の小説には神話や伝承といった民俗学にも通じるテーマがしばしば登場し、どこか柳田氏との共通点を感じさせられます。

学問的に本書に書かれている柳田氏の仮説が正しいかどうかは分かりませんが、想像力をかき立てられ、どこか懐かしさを感じさせてくれる1冊であることは間違いありません。