レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

鯨の絵巻



吉村昭氏による動物をテーマに扱った短編集です。

著者はおもに歴史小説や戦史小説を発表していますが、時には動物をテーマにした創作小説も発表しており、過去に同様の作品として「海馬(トド)」という短編集を本ブログでも紹介しています。

本書には以下の5作品が収められています。
カッコ内には作品中で扱っている動物を追加しています。

  • 鯨の絵巻(クジラ)
  • 紫色幻影(錦鯉)
  • おみくじ(文鳥、ヤマガラ)
  • 光る鱗(ハブ)
  • 緑藻の匂い(ウシガエル)

クジラは目立ちますが、それ以外についてはかなり地味な生き物を題材にしている印象を受けます。

ただしどの作品でもあくまで主人公は人間であり、登場する生き物は主人公たちと深い関わりを持っている存在として登場します。

これは「人間と動物との絆」といった性質のものではなく、「人間と自然との関わり」といった、より原始的な関係に近いような気がします。

それは本作品に登場する主人公たちが、人間社会よりも自然との関わり合いの中で暮らしているような印象を受けるからだと思います。

一言で表せば、世間はこうした人間たちを"変わり者"と見ることでしょう。

作品中では主人公たちなぜがこうした人生を選ぶに至ったのかというバックボーンがそれぞれ描かれており、緻密に作られたストーリーが展開してゆきます。

作品中では登場するそれぞれの生き物たちの性質が細かく描かれており、伝統的な鯨漁のやり方、養鯉場の仕事内容、文鳥やヤマガラへの芸の仕込み方、ハブやウシガエルの捕獲方法などが細部に渡るまで描かれており、著者がしっかりと取材や調査をした上で作品を作り上げていることがよく分かります。

とにかくすべての作品の完成後が高く、1つ1つの作品が上質なドキュメンタリー映画を楽しんだかのような満足感があります。