青天の霹靂
デビュー作「陰日向に咲く」に続いてお笑い芸人である劇団ひとりによる小説を手にとってみました。
デビュー作が2006年、本作品が2010年に発表されていることから著者にとって4年ぶりの作品というこになり、専業作家が1年に複数作品を発表することも珍しくないことを考えると、かなり時間が空いています。
本書を読み進めてすぐに気付いたのは、デビュー作品と比べてかなり文章が洗練されている点です。
一方で作品の内容は、現状に不満を持つ主人公が過去にタイムスリップするという小説としてはありがちな構成であり、デビュー作で見られた勢いはやや影を潜めている印象を受けました。
本作品に登場する主人公はマジシャン(手品師)という設定であり、著者の職業であるお笑い芸人と共通しており、かつ作品発表当時(2010年時点)での主人公の年齢も著者とまったく同じに設定されています。
主人公(轟 春夫)は場末のマジックバーで働いている独身の売れない芸人という設定で、主人公が"社会の落ちこぼれ"という点では、デビュー作品と共通している点です。
芸人には大別すると、"売れてスターになった芸人"と"いつまでも売れない芸人"の2種類があり、おそらく後者である日の目を見ない芸人が圧倒的に多い世界であるはずです。
つまり芸人になるような人間はロクでもないという世間の価値観を前提に、著者の視点はつねに売れない芸人へと向いており、かつその目線はとても暖かいということです。
ちなみに迂闊にも作品の終盤になってから、以前、本作品が映画化された同名の作品を見たことあることに気づきました。
作品自体は心温まる感動のストーリーであり、作品の完成度としては確実にデビュー作品を上回っています。
オリジナリティのある特筆すべき作品ではないかも知れませんが、エンタテインメントとして読者を楽しませてくれる作品です。
陰日向に咲く
お笑い芸人である劇団ひとりが2006年に発表したデビュー作となった小説です。
私自身は頻繁にTV番組を見ているわけでなく芸人に詳しい訳ではありませんが、時々見ている番組の中にテレビ東京で放映されている「ゴットタン」があり、司会の1人として活躍しているだけに著者のことは昔から知っています。
一方で日常的に読書をしていると、エッセイは別として本職の作家が執筆した小説作品を読むことが多く、あまり芸能人による小説は読んできませんでした。
ふと思い立って発表されてから随分と時間が経ってから本書を手にとってみました。
本作品は6人の主人公が登場するオムニバス小説として構成されています。
いずれの主人公にも共通するのは、社会の落ちこぼれであるという点です。
その落ちこぼれ方はさまざまであり、ホームレスに憧れ社会人をリタイアしたり、アイドル好きが高じて給料の殆どを貢ぐオタク、自分に自信を持てない二十歳の女性、ギャンブル狂いの中年男性、酷い家庭事情が理由で家出した少女などが登場します。
あえて社会からの落ちこぼれを主人公にする点に、著者の芸人らしい人間観察の特徴が現れている気がします。
率直に言うと、お笑い芸人の作家デビュー作品ということもあり、文章力や作品の構成力には専業作家には及ばない点が見受けられます。
一方で作品全体からはデビュー作ならではの意欲や勢いが感じられ、個人的には小説作品というより演劇の台本、または映画の脚本のような印象を受けました。
小説へ対して綿密な作り込みを要求する読者にとっては物足りなさを感じる内容かも知れませんが、エンターテイメント作品として読む分には充分に成立していると思います。
私個人はTV番組で拝見する著者らしさが発揮されている、つまり個性がしっかりと出ている作品であり、いわゆる無難な小説になっていない点は評価できます。
スマホ脳
著者のアンデシュ・ハンセン氏は、スウェーデン人の精神科医です。
本書は世界中で爆発的に普及したスマートフォン(スマホ)が、人体にもたらす深刻な影響を専門家の立場から解説した本です。
はじめスウェーデンで発売され、人口1000万人の同国で50万部のベストセラーになったそうなので、約12倍の人口を要する日本に当てはめると600万部という途方もない数字になります。
つまりスウェーデンでは社会現象になった作品ですが、本書が小説でもエッセイでもなく警鐘を鳴らす啓蒙書だったことを考えると、国中を巻き込んだ社会現象になったことが想像できます。
以前ブログでも紹介した同じくハンセン氏の「運動脳」はスウェーデン国内で67万部を売り上げており、精神科医でありながらスウェーデン1のベストセラー作家であると言えます。
内容はかなり専門的であるものの、世界中で行われた実験、そして医師としての知見からスマホが人間の脳へどのような影響を及ぶのかについて丁寧に分かりやすく解説してくれているため、一般読者でも充分に内容を理解することができます。
- 第1章 人類はスマホなしで歴史を作ってきた
- 第2章 ストレス、恐怖、うつには役割がある
- 第3章 スマホは私たちの最新のドラッグである
- 第4章 集中力こそ現代社会の貴重品
- 第5章 スクリーンがメンタルヘルスや睡眠に与える影響
- 第6章 SNSー現代最強の「インフルエンサー」
- 第7章 バカになっていく子供たち
- 第8章 運動というスマートな対抗策
- 第9章 脳はスマホに適応するのか?
私たち人(ホモ・サピエンス)は、10万年前にアフリカで誕生しまたが、スマホやSNSが本格的に普及したのはここ10年間であり、私たちの脳は未だに狩猟採取を行ってきた時代に最適化されたままだということです。
たとえば命の危険性が迫った際に「逃げるか闘うか」の選択を素早く行うためにストレスや不安が、より生存できる確率を高めるために社会性や好奇心という能力が準備されているのです。
しかしスマホの登場によってそうした能力が誤動作をするようになり、現代社会において精神の不調、不眠症、さらには知能の低下といった事態を引き起こしているのです。
医師らしくそのための解決方法が8章の「運動というスマートな対抗策」で解説されていますが、この部分を詳しく掘り下げたのが先ほど紹介した「運動脳」であり。興味のある人はそちらも読んでみてください。
大きな視点で見ると、インターネット技術の発展の中にスマホの誕生も含まれており、このスマホこそが手軽にインターネットを利用する手段として起爆剤になりました。
今やインターネットなしではショッピングや道案内、天気予報、さらにはニュースすら入手できなくなっている人が増えており、家族や友人とのやりとりも対面よりもネットを通じて行われる頻度の方が多くなっています。
わすか20年足らずという短期間で劇的にわれわれの生活が便利になったという見方ができますが、この"短期間で劇的"という部分に含まれている深刻な副作用が世界中で明らかにされつつあり、本書はすこしでも多くの人がその危険性に気付いてほしいという手引書なのです。
佐久間宣行のずるい仕事術
著者の佐久間宣行氏は1975年生まれでテレビ東京へ入社し、人気番組を手掛ける名プロデューサーとして活躍した後、現在は独立してラジオパーソナリティや演出家として多方面で活躍している方です。
私自身は昔と比べてTVを見る時間はかなり減りましたが、それでも幾つかの番組は見ることがあり、その中には佐久間氏の手掛けている「ゴッドタン」、「あちこちオードリー」といった番組が含まれていることから、彼の名前は以前から知っていました。
一方でTVプロデューサーというと勝手にアクが強く、気難しいといった印象があり、彼も剛腕プロデューサーとして頭角を現したのだろうと想像していましたが、本書には次のような言葉が並んでいます。
「僕はこうして会社で消耗せずにやりたいことをやってきた」どうも勝手に私が抱いていたイメージとは違うようであり、著者が私とほぼ同世代ということもあり気になって本書を入手してみました。
「誰とも戦わわず抜きん出る62の方法」
本書は一般的なビジネス専門書と比べて分かりやすい言葉で書かれており、エッセーのような読みやすさが特徴です。
同時で著者がメディアの最前線において現役で活躍していることもあり、本書で紹介されている方法はかなり具体的で実践的という印象を受けました。
かつてのテレビ東京では"お笑い番組"を扱っていませんでしたが、佐久間氏がそのジャンルをテレビ東京で切り開き、人気番組として成長させるまでの過程を知ることができます。
さらにクリエイターとしての視点だけでなく、プロデューサーとして上司や経営陣との調整方法や妥協の仕方など、多くの会社員にも当てはまる現実的な手法が紹介されています。
著者もかつては先輩たちと真正面からぶつかり、会社を辞めようかなと考えたこともあったようです。
しかしそこで自分自身を見つめ直し、周囲と戦わず自分のやりたいことを実現する方法、つまり「ずるくなる」ことを決心したそうです。
結果としてこの方法はうまく行き、本書を出版するまでに至ったのです。
それでも佐久間氏はかつて仕事でメンタルを壊しかけた経験もあり、そこから「メンタル」第一、「仕事」は第二ということを絶対に忘れてはいけないと主張しており、メンタルケアの方法についてもしっかりと言及しています。
全般的に現実的で合理的なアドバイスが書かれており、「TVプロデューサーという仕事は特殊で、そうした人の仕事術は一般的には通用しない」といった感じはまったく受けず、ビジネス書、自己啓発本としてしっかり成立している1冊です。
熔ける
著者の井川意高(いかわ もとたか)氏は、大王製紙の創業家3代目として40代で社長、会長を務めた経歴を持っています。
井川氏が世間で有名になったのは、100億円以上に及ぶ会社資金をギャンブルへ注ぎ込み、2011年に特別背任に問われて大きくニュースに取り上げられたからであり、私も連日のワイドショーの報道が印象に残っています。
100億円もの大金をすべてギャンブルで溶かしたという報道があまりにも現実離れしており、当時はとんでもなく無能なボンボン社長といったイメージを持っていました。
それから時間が経過し、帚木蓬生氏の「やめられない ギャンブル地獄からの生還」をはじめとしたギャンブル依存症に関する本を何冊が読み、井川氏の起こした事件の顛末にも興味が沸いて本書を手にとってみました。
内容は井川氏が、自らの生い立ちや経歴にはじまり、ギャンブルにはまって逮捕されるまでの一部始終を告白した本となります。
本書は2013年に著者の有罪が確定し、喜連川社会復帰促進センター(いわゆる刑務所)に収監される直前に発売されたものですが、文庫化するにあたり収監中、そして出所後のエピソードが加筆されています。
自伝的な部分では、井川氏の父であり大王製紙の2代目社長でもある高雄氏によって厳しく育てられたこと、また長男として父親の期待に応えようとする強いプレッシャーとストレスを受け続けながらも努力していたことが分かります。
その努力が実を結んで東大へ現役合格し、そのまま家業でもある大王製紙へ入社します。
入社後も父が息子を甘やかすことなく、製紙工場の現場などを経験させ、順調に父の跡取りとして一歩ずつ成長してゆく過程が描かれています。
この時点で私の著者へ対する印象はかなり変わり、彼が甘やかされて育ったわけでもなく、また子会社や不採算部門の立て直しの実績を見ると、無能どころかかなり優秀な経営者だったというのが率直な感想です。
また同時に井川氏がギャンブルへはまり込む過程が、典型的なギャンブル依存症そのものであることも分かってきます。
ギャンブル依存症は精神疾患の一種であり、経営者として正しい判断を下せる状態にあったとしても、ことギャンブルにおいては本人の「意志」では歯止めをかけることは出来なくなります。
大企業の創業一家、また経営者の立場にある井川氏が、パチンコや競馬といったギャンブルで満足できるわけもなく、彼の立場や経済力に見合った場所がマカオやシンガポールのカジノであり、100億円という金額であっただけなのです。
つまりギャンブル依存者として破滅してゆく過程は、平均的収入を持つサラリーマンがパチンコやスロット、競馬などで破産する過程と何ら違いはないということです。
一番気になったのは、ギャンブル依存症の治療を医師やカウンセラーの元で受けたという記述が一切なく、ギャンブル依存が再発しないか心配になってしまいますが、彼が逮捕された後も支援を行ってくれる友人が多く存在し、友人たちの存在が井川氏を立ち直らせたのかも知れません。
ギャンブルへ依存して桁違いの金額と社会的地位を失った人間のドキュメンタリーとして、また自伝としても興味深く読ませてくれる1冊になっています。
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