本と戯れる日々


もうすぐブログで紹介してきた本も1000冊になろうとしています。
ジャンルを問わず気の向くままに読書しています。

佐久間宣行のずるい仕事術


著者の佐久間宣行氏は1975年生まれでテレビ東京へ入社し、人気番組を手掛ける名プロデューサーとして活躍した後、現在は独立してラジオパーソナリティや演出家として多方面で活躍している方です。

私自身は昔と比べてTVを見る時間はかなり減りましたが、それでも幾つかの番組は見ることがあり、その中には佐久間氏の手掛けている「ゴッドタン」、「あちこちオードリー」といった番組が含まれていることから、彼の名前は以前から知っていました。

一方でTVプロデューサーというと勝手にアクが強く、気難しいといった印象があり、彼も剛腕プロデューサーとして頭角を現したのだろうと想像していましたが、本書には次のような言葉が並んでいます。
「僕はこうして会社で消耗せずにやりたいことをやってきた」
「誰とも戦わわず抜きん出る62の方法」
どうも勝手に私が抱いていたイメージとは違うようであり、著者が私とほぼ同世代ということもあり気になって本書を入手してみました。

本書は一般的なビジネス専門書と比べて分かりやすい言葉で書かれており、エッセーのような読みやすさが特徴です。

同時で著者がメディアの最前線において現役で活躍していることもあり、本書で紹介されている方法はかなり具体的で実践的という印象を受けました。

かつてのテレビ東京では"お笑い番組"を扱っていませんでしたが、佐久間氏がそのジャンルをテレビ東京で切り開き、人気番組として成長させるまでの過程を知ることができます。

さらにクリエイターとしての視点だけでなく、プロデューサーとして上司や経営陣との調整方法や妥協の仕方など、多くの会社員にも当てはまる現実的な手法が紹介されています。

著者もかつては先輩たちと真正面からぶつかり、会社を辞めようかなと考えたこともあったようです。

しかしそこで自分自身を見つめ直し、周囲と戦わず自分のやりたいことを実現する方法、つまり「ずるくなる」ことを決心したそうです。

結果としてこの方法はうまく行き、本書を出版するまでに至ったのです。

それでも佐久間氏はかつて仕事でメンタルを壊しかけた経験もあり、そこから「メンタル」第一、「仕事」は第二ということを絶対に忘れてはいけないと主張しており、メンタルケアの方法についてもしっかりと言及しています。

全般的に現実的で合理的なアドバイスが書かれており、「TVプロデューサーという仕事は特殊で、そうした人の仕事術は一般的には通用しない」といった感じはまったく受けず、ビジネス書、自己啓発本としてしっかり成立している1冊です。

熔ける



著者の井川意高(いかわ もとたか)氏は、大王製紙の創業家3代目として40代で社長、会長を務めた経歴を持っています。

井川氏が世間で有名になったのは、100億円以上に及ぶ会社資金をギャンブルへ注ぎ込み、2011年に特別背任に問われて大きくニュースに取り上げられたからであり、私も連日のワイドショーの報道が印象に残っています。

100億円もの大金をすべてギャンブルで溶かしたという報道があまりにも現実離れしており、当時はとんでもなく無能なボンボン社長といったイメージを持っていました。

それから時間が経過し、帚木蓬生氏の「やめられない ギャンブル地獄からの生還」をはじめとしたギャンブル依存症に関する本を何冊が読み、井川氏の起こした事件の顛末にも興味が沸いて本書を手にとってみました。

内容は井川氏が、自らの生い立ちや経歴にはじまり、ギャンブルにはまって逮捕されるまでの一部始終を告白した本となります。

本書は2013年に著者の有罪が確定し、喜連川社会復帰促進センター(いわゆる刑務所)に収監される直前に発売されたものですが、文庫化するにあたり収監中、そして出所後のエピソードが加筆されています。

自伝的な部分では、井川氏の父であり大王製紙の2代目社長でもある高雄氏によって厳しく育てられたこと、また長男として父親の期待に応えようとする強いプレッシャーとストレスを受け続けながらも努力していたことが分かります。

その努力が実を結んで東大へ現役合格し、そのまま家業でもある大王製紙へ入社します。

入社後も父が息子を甘やかすことなく、製紙工場の現場などを経験させ、順調に父の跡取りとして一歩ずつ成長してゆく過程が描かれています。

この時点で私の著者へ対する印象はかなり変わり、彼が甘やかされて育ったわけでもなく、また子会社や不採算部門の立て直しの実績を見ると、無能どころかかなり優秀な経営者だったというのが率直な感想です。

また同時に井川氏がギャンブルへはまり込む過程が、典型的なギャンブル依存症そのものであることも分かってきます。

ギャンブル依存症は精神疾患の一種であり、経営者として正しい判断を下せる状態にあったとしても、ことギャンブルにおいては本人の「意志」では歯止めをかけることは出来なくなります。

大企業の創業一家、また経営者の立場にある井川氏が、パチンコや競馬といったギャンブルで満足できるわけもなく、彼の立場や経済力に見合った場所がマカオやシンガポールのカジノであり、100億円という金額であっただけなのです。

つまりギャンブル依存者として破滅してゆく過程は、平均的収入を持つサラリーマンがパチンコやスロット、競馬などで破産する過程と何ら違いはないということです。

一番気になったのは、ギャンブル依存症の治療を医師やカウンセラーの元で受けたという記述が一切なく、ギャンブル依存が再発しないか心配になってしまいますが、彼が逮捕された後も支援を行ってくれる友人が多く存在し、友人たちの存在が井川氏を立ち直らせたのかも知れません。

ギャンブルへ依存して桁違いの金額と社会的地位を失った人間のドキュメンタリーとして、また自伝としても興味深く読ませてくれる1冊になっています。