熔ける
著者の井川意高(いかわ もとたか)氏は、大王製紙の創業家3代目として40代で社長、会長を務めた経歴を持っています。
井川氏が世間で有名になったのは、100億円以上に及ぶ会社資金をギャンブルへ注ぎ込み、2011年に特別背任に問われて大きくニュースに取り上げられたからであり、私も連日のワイドショーの報道が印象に残っています。
100億円もの大金をすべてギャンブルで溶かしたという報道があまりにも現実離れしており、当時はとんでもなく無能なボンボン社長といったイメージを持っていました。
それから時間が経過し、帚木蓬生氏の「やめられない ギャンブル地獄からの生還」をはじめとしたギャンブル依存症に関する本を何冊が読み、井川氏の起こした事件の顛末にも興味が沸いて本書を手にとってみました。
内容は井川氏が、自らの生い立ちや経歴にはじまり、ギャンブルにはまって逮捕されるまでの一部始終を告白した本となります。
本書は2013年に著者の有罪が確定し、喜連川社会復帰促進センター(いわゆる刑務所)に収監される直前に発売されたものですが、文庫化するにあたり収監中、そして出所後のエピソードが加筆されています。
自伝的な部分では、井川氏の父であり大王製紙の2代目社長でもある高雄氏によって厳しく育てられたこと、また長男として父親の期待に応えようとする強いプレッシャーとストレスを受け続けながらも努力していたことが分かります。
その努力が実を結んで東大へ現役合格し、そのまま家業でもある大王製紙へ入社します。
入社後も父が息子を甘やかすことなく、製紙工場の現場などを経験させ、順調に父の跡取りとして一歩ずつ成長してゆく過程が描かれています。
この時点で私の著者へ対する印象はかなり変わり、彼が甘やかされて育ったわけでもなく、また子会社や不採算部門の立て直しの実績を見ると、無能どころかかなり優秀な経営者だったというのが率直な感想です。
また同時に井川氏がギャンブルへはまり込む過程が、典型的なギャンブル依存症そのものであることも分かってきます。
ギャンブル依存症は精神疾患の一種であり、経営者として正しい判断を下せる状態にあったとしても、ことギャンブルにおいては本人の「意志」では歯止めをかけることは出来なくなります。
大企業の創業一家、また経営者の立場にある井川氏が、パチンコや競馬といったギャンブルで満足できるわけもなく、彼の立場や経済力に見合った場所がマカオやシンガポールのカジノであり、100億円という金額であっただけなのです。
つまりギャンブル依存者として破滅してゆく過程は、平均的収入を持つサラリーマンがパチンコやスロット、競馬などで破産する過程と何ら違いはないということです。
一番気になったのは、ギャンブル依存症の治療を医師やカウンセラーの元で受けたという記述が一切なく、ギャンブル依存が再発しないか心配になってしまいますが、彼が逮捕された後も支援を行ってくれる友人が多く存在し、友人たちの存在が井川氏を立ち直らせたのかも知れません。
ギャンブルへ依存して桁違いの金額と社会的地位を失った人間のドキュメンタリーとして、また自伝としても興味深く読ませてくれる1冊になっています。