メトセラの子ら
SF小説はその黎明期において、単なる妄想を描いたものとしてその地位が他のジャンルと比べて相対的に低く見られていた時期がありました。
しかし作品の中に最新の科学的知見を取り入れ、綿密なストーリーの作品を生み出すことによってその地位が見直されてゆき、やがて小説として確固たるジャンルを築いてきた経緯があります。
そのジャンル確立に貢献したSF作家の1人が本書の著者であるロバート・A・ハインラインです。
メトセラ(Methuselah)とは、旧約聖書に登場するユダヤ人指導者の名前であり、969歳まで生きたという言い伝えが残っていることから、キリスト教、ユダヤ教圏では長命な人のたとえに使われることがあるようです。
舞台は23世紀頃の地球となり、この頃の人類は金星や火星に移住できる科学力を備えていました。
そして人類の中にはひっそりとハワード・ファミリーと言われる遺伝子的に寿命が極端に長い"長命族"と言われる人たちが、ひっそりと暮らしていました。
ハワード・ファミリーは全人類の中で10万人ほどを占めており、かれらは評議会を頂点とする共同体を運営していました。
評議会における最大の論点は、自分たちが長命で何百年も生き続けることのできる存在であることを世間に公表すべきかと否かという点にありました。
なぜなら周りの人たちと比べてはるかに長生きできる彼らは、普段は一般社会に紛れて生きていますが、年月が経過するにつれ怪しまれないために定期的に移住する必要性があり、その際に身分証明書などの問題も出てきます。
つまり正体を公表した方が暮らしやすくという考えがある一方で、その際に生じるマイノリティへ対しての迫害の方が深刻であるといった考えがあります。
なぜなら彼らの持っているのは、全人類が長い年月を通じて渇望し続けてきた"不死不老"なのです。
しかし評議会で決定が下される前に、時の権力者たちによって彼らの存在が知られることになります。
さらに長命族が遺伝子的に受け継いだに過ぎない特性を、彼らが世間から隠している秘密のテクノロジーを独占しているといった誤解が広がり、マイノリティである長命族たちは人びとのねたみと憎悪の対象して迫害が本格的なものとなってゆきます。
長命族のリーダーが誤解を解くために権力者たちと交渉を行いますが、一度火の付いた迫害の嵐は止めることが困難であることを悟ります。
だた1つ残された道は、人類未踏の大宇宙への旅立ち、つまり新天地を求めての恒星間飛行へ挑戦することになるのです。
ストーリーの前半は長命族のリーダー、そして世俗の権力者たちの駆け引きが政治的に描かれており、ある意味ではSF小説らしくありません。
しかしストーリーが進むにつれ、長命族たちにとって新天地候補となる惑星において遭遇する未知の生命体との遭遇といった王道のSF小説へと移り変わってゆきます。
結末もきわめてSF作品らしいものであり、完成後の高いエンターテイメントとして読むことができます。
個人的に驚いたのは本作品が執筆されたのが、今から80年以上前の1941年であるという点であり、SF界のビッグスリーと言われたハインラインの真骨頂を味わえます。