表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬
最近は作家や専門家だけでなく、芸能人の作品も読み始めています。
深い理由はありませんが、なるべく多くのジャンルの作品に触れてみたいという気持ちと、単純に今まで芸能人が執筆した作品を読んでこなかったからです。
本書は人気漫才コンビ・オードリーのツッコミ担当である若林正恭氏によるキューバ、モンゴル、アイスランドを訪れた紀行文です。
TV、そしてたまにラジオでも著者の声を聴くことがありますが、本人も自覚している通りインドア派でシャイな性格という印象が伝わってきます。
芸能界というきらびやかな、そしてお笑い芸人といえば明るいイメージがある中では珍しい存在なのかもしれません。
肝心の内容についてですが、比較的珍しい国を訪れているもののバックパッカースタイルというわけではなく、極地や治安の悪い危険地帯を訪れたわけでもなく、紀行文として見ると平凡なレベルに留まっています。
しかし本作品の秀逸な部分は、紀行文の中で書かれているエッセイ的な部分になります。
少年の頃より周りの人間との関わりが苦手で内向的な性格を充分に自覚している著者は、自らが生まれ育った場所とは異なる文化を持つ国を訪れることで新しい気付きを得ようとします。
一時期「自分探しの旅」という言葉が流行りましたが、著者にとってこの旅は「自分の外の世界を知るための旅」であり、つまり自分のことしか考えてこなかった著者が、他人との関わり合いによって外界を知り、自分自身の輪郭を再認識する旅だったのです。
本作品の3分の2はキューバを訪れた旅で占められています。
これは著者にとってはじめて1人で出かけた海外旅行であり、社会主義国家でありながらも明るく陽気で気さくなラテン系らしい、ある意味で自分と正反対の性格を持つ人びととの交流が強く印象に残ったからではないでしょうか。
本書を通じて思うのは、とにかく若林氏自身が心境を正直に吐露しているという点です。
それを一言でいえば自身が感じている資本主義・新自由主義という競争社会の中でのある種の生きづらさであり、競争の激しい芸能界に身を置く立場であれば多少なりとも自分を取り繕いたくなるものですが、作品からはそうした"見栄"を一切感じさません。
これはある種の才能といってもよく、それだけに著者に共感し、励まされた人たちも多いはずです。
その代表的な存在であると公言しているのが、あとがきを寄せている音楽ユニットCreepy NutsのメンバーであるDJ松永氏であり、その熱量の高さに驚くとともに、微笑ましい気持ちになれます。